「若いころに、何かやっておけばよかった」。そんな思いを抱えたまま、年齢を重ねている人は少なくないかもしれません。アームレスリング全日本チャンピオンの足利紫津子さんも、かつてはその一人でした。38歳で競技に出会い、50代になった今は、全年齢の部で世界チャンピオンを目指しています。
『一歩踏み出したことで、人生がものすごく変わった』と話す足利さんに、競技の魅力や挑戦を続ける理由、商店街で主宰するジムに込めた想いを伺いました。
一歩踏みだすきっかけはテレビ番組
――アームレスリングを始めたきっかけを教えてください。
きっかけはテレビ番組です。素人しか出られないアームレスリング大会の参加者を募集していて、それをたまたま見かけたんです。私は学生時代、スポーツの経験が一切なくて。「何かしたら良かったな」という後悔が、ずっとあったんです。
そのまま結婚して子どもが生まれて、ちょうど子どもが3歳と5歳くらいのころでした。「このまま何もせず終わっていくな」と思っていた時期だったんです。運動神経はまあまあ良かったですし、もともと力も強かったので、「腕力ならいけるんじゃないかな」と。それで「じゃあ1回エントリーしてみよう」と思ったのが始まりです。
――実際に出場してみて、いかがでしたか。
各地方で予選会があって、3位までに入るとお台場の本選に行ける大会でした。参加人数もすごく多くて、規模の大きい大会だったんですよ。
私は大阪予選に出たんですが、根拠のない自信があって、「優勝するわ」くらいに思っていたんです。それが2位。大阪予選でさえ負けてしまったんです。「世の中にはすごく強い人がいるんだな」と思い知りましたね。
何もやっていないのに「自分は強い」という自信だけ持っている自分が、かっこ悪いなと思って。「何か結果を出したい」と、その大会には3年ほど毎回エントリーしました。
大会が終わってしまったとき、「せっかく楽しいと思える競技を見つけたから、本格的にやってみよう」と思ったんです。素人の大会ではなくアームレスラーが出場する公式大会に出場した時に今の師匠に出会い、「全日本チャンピオンを目指さないか」と声をかけて頂き、そこから全日本チャンピオンを目指すと決めてトレーニングを始めました。
握った瞬間に勝負が決まることも。奥深い駆け引きの世界
――どんなところに楽しさを感じたのですか。
駆け引きがすごくあるところです。握った瞬間に「勝てる」「負ける」が分かることもあるし、体の大きな人を小さな人が簡単に倒すこともある。その奥の深さが楽しいんです。
強いからといって、勝ち進めるわけではありません。相手の攻め方に苦手な方向があれば、負けてしまうこともあります。
――攻め方にも種類があるのですか。
大きく分けて2種類あります。相手の手を釣り上げるように攻めるのが「トップロール」で、私はトップロールの選手です。もう一つが、男性がよくやる「フック」。この組み合わせが面白いんです。選手の攻める方向によって、勝敗が結構変わってくるんですよ。
――力自慢の競技だと思っていたので、奥が深いですね。
そうなんですよ。握り一つでも変わってきます。「親指のラインをどこに当てたら嫌かな」と考えたり、肩の位置や、構えるときに肘を置く幅、足の位置を見たり。続けていくうちに、だんだんそういうところまで見るようになってきますね。
14年の積み重ねと、怪我で知った「続ける」ことの意味
――鍛え上げられた筋肉に驚きました。ここまでになるには、どれくらいかかるものなのでしょうか。
急につくということはないんです。アームレスリング歴は38歳くらいからなので、14年くらい。本当にコツコツやってきた結果が、今の体になっています。もともと筋肉がつきやすい体質ではあるんですけど、年々太くなっている感じですね。
――毎日トレーニングされているのですか。
毎日というわけではないです。高重量でやるのは週に2〜3日くらい。アームレスリングは前腕のトレーニングが多いので、家で軽くできるような低重量のトレーニングは毎日しています。
高重量といっても、その日の調子次第なんです。「まず今日は20kgからやってみようかな」と始めて、上げられると思ったら上げていく。練習後で疲労が残っていることもあるので、重量にはあまりこだわっていないですね。
器具を使うトレーニングは、高重量で追い込むと痛めることも多いので、何回かバッと力を出すときに使うくらいです。
――6月には怪我をされたそうですね。
転倒して2カ月くらいトレーニングができなかったのです。
今はお医者さんの許可も下りて、またガンガンやっています。でも、やっぱり見た目もちょっと細くなりましたね。
今まで1〜2カ月も何もしないということがなかったので、「やらないと落ちるんだな」と改めて感じました。日々やっていたから、維持できていたんだなと。
50代で全年齢の部へ。目指すは世界チャンピオン
――50代でトップ選手として戦うなかで、若い選手との体力の差を感じることはありますか。
去年の全日本は、決勝で25歳の選手を倒して優勝しましたし、今年の決勝の相手は私の弟子で28歳。だから高い壁でいたいと思っています。弟子が私を倒す日が来た時が笑って引退する時だと思っています。
――ご家族はどのように応援されていますか。
最初からすごく応援してくれて、協力もしてくれています。去年は大阪から行くのが私1人だったので、不安がっていたら、娘がついてきてくれたんです。娘は英語が話せるので、通訳してもらいながらブルガリアに行きました。
――今回の世界大会の目標を教えてください。
もう、世界チャンピオンです。私が目指しているのは、全年齢の部で勝つことなので。今回の怪我で「世界大会に行けないんじゃないか」というくらい大変だったので、健康なことにも感謝ですし、好きなことにチャレンジできていることもありがたいなと、改めて感じています。
「一歩踏み出したら変わる」。商店街から広げる挑戦の輪
――女性向けのアームレスリングジムを主宰されています。始めたきっかけは何だったのですか。
最初は、トレーニング用のケーブルマシンが欲しくて主人に相談したら、反対されたんです。それで「じゃあ月極駐車場でも探して、自分のトレーニングジムを作ろう」と、場所を探していました。
そのころ、もともと商店街の方々が横断幕を作って応援してくださっていたんです。どうせ借りるなら、商店街ならいろんな人に見てもらえるし、シャッター街になりつつある商店街の発展にもつながればと思って、商店街でやろうと決めました。
きっかけは自分のトレーニングルームを作りたいというところでした。それが、いろんな人に体験してもらいたいという夢へと、大きくなっていきました。
――ジムには、どのような想いを込めているのでしょうか。
私自身、何もせずに過ごしてきた時期がありました。でも、一歩踏み出したことで人生がものすごく変わったので、同じような体験をしてほしいという思いがすごくあって。「いっぽ踏み出したら変わるんだ」と思えるきっかけになればいいなと思っています。
主婦の方が多いので、「アームレスリングに限らずやってみたいと思うことはやってみたらいいよ」」とよく話しています。実際に、うちに来ているメンバーがやってみたかったお店をオープンしたこともあって。力になれていたらうれしいですね。
アームレスリングの楽しさを知ってもらいたいですし、みんなが活き活きと楽しくやっている姿を見てもらいたいという思いもあります。
――商店街の方をはじめ、応援してくれる方の存在も大きいですね。
本当にありがたいです。
取材を終えて
アームレスリングと聞くと、力自慢の人同士がぶつかり合う、少し近寄りがたい競技を思い浮かべるかもしれません。
けれど足利さんの原点にあったのは、「このまま何もせず終わっていくな」という思いから、1回だけエントリーしてみたという小さな決断でした。予選で負けた悔しさも、怪我で思うように動けなかった時間も、足利さんは次の挑戦への力に変えてきました。
そして今、自分を変えたその一歩を、商店街のジムで誰かに手渡そうとしています。
気になっていたことに、まずは1回だけ申し込んでみる。そんなささやかな行動が、毎日をちょっと前向きにしてくれる「いいこと」の始まりになるのかもしれません。
番組「ウェルチル 私と誰かに、ちょっといいこと」
関西テレビ放送
10月からは、木曜よる10時54分放送(関西ローカル)にお引越し!
次回もお楽しみに。