絵本をひらくと、そこには色や音やにおいまで感じられるような、小さな世界が広がっています。そんな絵本の世界を、実際に体験できる展覧会が、いま全国で人気です。
登場人物になった気分で絵の中に入ったり、お気に入りの一場面を自分なりに描いてみたり。子どもはもちろん、大人もつい夢中になってしまう時間がそこにあります。
11月は、そんな大人も子どもも楽しめる絵本の展覧会をめぐりながら、親子で楽しむウェルビーイングのかたちを紹介します。
第2回目は、東京都立川市のPLAY! MUSEUMで開催中の「鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』」について、前日に行われた内覧会のギャラリートークの様子をお届けします。内覧会では、『大ピンチずかん』作者の鈴木のりたけさんに展覧会制作の裏側や楽しみ方についてお話しいただきました。
みるピンチ、なるピンチ、かんがえるピンチ、とびこむピンチ…段階的に深まるピンチ体験
鈴木のりたけ「大ピンチ展!プラス」の展示は、ただの体験型アートではありません。“ピンチへの理解”が段階的に深まるよう、4つのステップが設計されています。
1つ目のみるピンチは、巨大なショートケーキが倒れそうなフォトスポット「大ピンチ倒れそうなケーキ」をはじめ、「大ピンチ巨大アイス」「大ピンチこぼれる牛乳」「大ピンチフンだらけ」など「あ、ピンチだ!」と笑いながら鑑賞できる導入部になっています。
2つめのなるピンチは、「大ピンチステーキ」「大ピンチえだまめ」「大ピンチくろこげパン」「大ピンチクモのす」のように、自分がその状況に“なる”参加型展示。
3つめの感があるピンチは、「大ピンチバー」「大ピンチわりばし」「大ピンチブロック」「大ピンチへんなふく」など、日常にあるピンチを“客観的に考える”きっかけを与える展示に。
最後の4つ目は、飛び込むピンチ。「大ピンチぎゅうにゅうぶろ」では、男の子が牛乳をこぼしたシーンを立体化。ピンチそのものに飛び込み、他者とつながる体験ができます。
『大ピンチずかん』作者の鈴木のりたけさんは、「最初はただ“見る”だけなんです。でも、だんだん“なる”“考える”“飛び込む”と進むうちに、来場者自身の中で、ピンチへの見方が変わっていくんです。」と語ります。
「見る」から「つながる」へ。リアルでしか生まれない関係性
鈴木さんが“ピンチに飛び込む”展示を思いついたのは、「絵本の読者が現場でどう楽しむか」を考えたことがきっかけだという。「展覧会が夏休みに百貨店の催事場からスタートすることが決まっていたのですが、会場で静かに原画を見て帰るという展覧会の形はどうしても想像できなかったんです。せっかく同じ場所に来てるんだから、前の人の動きを見たり、自分の動きを次の人が真似したり、そういう関係性があっていいと思いました」
絵本を読むということは、本来パーソナルな体験。それを“みんなで関わり合う遊び”に変えるのが、この展覧会の挑戦だそう。
「展示って、作家が与えるものだと思われがちですが、自分の手で触って、動かして、考えて、笑って…それで初めて“自分の体験”になると思うんです。ピンチも人生も、受け身じゃなくて主体的に楽しんでほしい。」と、鈴木さんは語ります。
“ピンチ”を“笑い”に変える展示「あまもりの大ピンチ」
最初に鈴木さんが紹介してくれたのは、「あまもりの大ピンチ」。雨水に見立てた玉を、箱と箱の間に架けられた2本の棒に転がし、もうひとりがバケツで受け止めるという仕組みです。装置の上から木の玉をザーッと流すと、あちこちから雨漏りのように玉が落ちてきます。それを下で拾おうと右往左往する様子はまさに”ピンチ”。
「今の家ではあまり見ないけど、雨漏りって“ピンチのアイコン”ですよね。子どものころに見た、あのバケツで受ける姿を再現したんです。」落ちてくる場所が読めない。あっちだ、こっちだって慌ててる姿がもう面白いんですよ。“ピンチ”を真面目に受け止めるんじゃなくて、笑い飛ばす練習みたいなものです。」
この展示の根っこにあるのは、“大ピンチをエンターテインメントにする”という発想です。
「ピンチって誰にでも来る。当たり前にあるものだから、深刻に構えるより、慣れて笑えるようになればいい。この展示をやった人は、きっと雨漏りしても笑ってバケツを出せますよ(笑)」と鈴木さん。
前の人のピンチを“書き換える”ことで生まれるライブ感「大ピンチバー」
展覧会には、観るだけではない体験型展示がいくつもあります。その中でも鈴木さんが、「ベスト・オブ・コンテンツ」と語るのは、「大ピンチバー」。
主語や、シチュエーションの書かれた4枚のバーを使って“自分でピンチを作る”遊びです。「誰が」「どこで」「何を」「どうした」この4つのバーを自分の好きなように組み合わせて、色々な状況を作り出します。説明しながら、鈴木さんが手渡されたバーを組み合わせてできたのは、「ヨボヨボのおばあさんが」「日焼けサロンで」「よく湿らせたTシャツを」「思い出した」。
「これがピンチかどうかを考えることが大事なんです。『これだったらイヤだな』とか『これはOKかも』って、自分の感覚を試せるきっかけになる。正解がないのが面白い。
『ヨボヨボのおばあさん』を『ラッパー』に変えたらどうなるか──。そうやって、誰かの作品を上書きしたり戻したり。そういった交流が起こるのが面白いんです。作品を作るのはみなさんなんです。」と鈴木さん。
この「大ピンチバー」、実はただ遊ぶだけでは終わりません。前に来た人の作品がそのまま残っており、次の来場者がそれを見て“改造”していくこともできます。会場をぐるっと回って戻ってきたら、自分のピンチが誰かに変えられていた、なんてことも。それは、まるで“生きている展示”です。
ピンチは、日常を遊ぶ力になる
『大ピンチ展!プラス』は、ピンチを恐れず、むしろ“遊びに変える力”を育ててくれる場所です。そんなピンチも、笑ってしまえばそれはもう“エンターテインメント”。
「ピンチを笑いに変える」ことこそが、この時代をウェルビーイングに生きるための、最高のライフハックなのかもしれません。
後編では、さらなる展示や、鈴木のりたけさんの創作の秘密について迫ります。
鈴木のりたけ「大ピンチ展!プラス」
https://play2020.jp/article/pinch/
会期:2025年10月8日(水)ー12月7日(日)無休
開館時間:10:00-17:00(土日祝は18:00まで/入場は閉館の30分前まで)
入場料:一般1,500円/大学生1,000円/高校生800円/中学生600円/小学生600円
会場:PLAY! MUSEUM 〒190-0014 東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3棟