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ピンチも面白がれば世界が変わる!鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』(後編)

絵本をひらくと、そこには色や音やにおいまで感じられるような、小さな世界が広がっています。そんな絵本の世界を、実際に体験できる展覧会が、いま全国で人気です。

登場人物になった気分で絵の中に入ったり、お気に入りの一場面を自分なりに描いてみたり。子どもはもちろん、大人もつい夢中になってしまう時間がそこにあります。
11月は、そんな大人も子どもも楽しめる絵本の展覧会をめぐりながら、親子で楽しむウェルビーイングのかたちを紹介します。

第3回目は、前回に引き続き、東京都立川市のPLAY! MUSEUMで開催中の「鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』」について、前日に行われた内覧会のギャラリートークの様子をお届けします。内覧会では、『大ピンチずかん』作者の鈴木のりたけさんに展覧会制作の裏側や楽しみ方についてお話しいただきました。

ステーキが切れない!? 大ピンチを立体で再現

会場の一角には、まるでショーのステージのような空間が広がります。そこに置かれているのは、なんと「ステーキセット」。でも、ただの食品サンプルではありません。「ステーキの大ピンチ!」は、お肉が切れないという“大ピンチ”を再現した、野菜を落とさずにステーキを切るユーモラスな体験型コンテンツです。
鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』
鈴木さんがマイクを握り、観客に語りかけます。

「大体ステーキって、こういう配置ですよね?でもこのお肉、実は切れないんですよ。ちゃんと切れるお肉を食べてるのは、私ぐらいの収入の人たちですね(笑)みなさんぐらいだと、こういった筋のある固いお肉が多いですよね!」
そんな軽妙なトークに笑いが起きるなか、実際に「切る」体験が始まります。お行儀よく、横のポテトやキャロットグラッセを落とさずに切るのがミッション。

「これは、お肉がマグネットでくっついてるんですけど、片方を切ってる間にもう片方がくっつくとかね、そういう的外れなピンチが起こるんです。造形も精巧で、体験してこそわかる面白さがある。」

笑いながらピンチを味わえ、記念撮影もできる最高のフォトスポットにもなっています。

ピンチを積む、転がす、組み合わせる「大ピンチブロック」の仕掛け

鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』
この「大ピンチ展!プラス」には、ただ“見る”だけでは終わらず、来場者が“手を動かす”ことで初めて完成する展示がいくつもあります。そのひとつが、「大ピンチブロック」。

まるで積み木のように見えるこの立方体のオブジェは、実は「ピンチを動かす」ための装置です。「大ピンチブロック」は、6面体の各面に“体の部位”が描かれています。「右上半身」「左下半身」など、それぞれの場所にまつわる“大ピンチ”が記されていて、ブロックを回すたびに、その組み合わせが変化します。

「荷物が重い」「ヨダレが出る」ひとつひとつは些細な“ピンチ”なのに、組み合わせ次第で、まるで物語のようなシーンが浮かび上がります。

鈴木さん曰く、来場者が“偶然の組み合わせ”から自由に物語を想像していくことが狙いだそう。作り手の意図を読み取ることよりも、自分の手で意味を見つける体験こそが大事だといいます。
鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』
「作家が作ったものをただ見るだけだと、“この人は何を言いたいのかな”って、受け身になっちゃうと思うんです。でも、自分の手で少しでも動かすと、その先に自分だけの発見が生まれるんですよね。」

この展示のもう一つの魅力は、自分の動かしたブロックが、次の人の想像を生むということ。その連鎖が、まるで“目に見えない会話”のように広がっていきます。

「立体だね、で終わるんじゃなくて、自分の手で動かして、その表現が誰かに影響していく。
その感覚を楽しんでほしいんです。」

来場者は観客でありながら、同時に展示をつくる側でもある。その曖昧な境界こそが、この展示の魅力なのかもしれません。

「大ピンチ」を共有した仲間になる場所「大ピンチぎゅうにゅうぶろ」

「“考える”ことの象徴である展示を見て回ったあと、人々が最後にたどり着くのがこのとびこむピンチ、「大ピンチぎゅうにゅうぶろ」です。色々考えて疲れた頭をここでリフレッシュしてもらえるように、とこの展示順にしたそう。
鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』
PLAY!MUSIUM以前に展示を行った大阪や横浜では、子どもたちがこの空間で思い思いに遊びはじめた様子が印象的だったといいます。

「子どもたちが“もっとボール入れて!”とか言いながら、ボールプールの周りで盛り上がっていました。誰かが主のように真ん中に座って、“はい、次どうぞ”って指揮していたり(笑)限られた空間の中で役割分担をして遊び始めるのが、すごく面白かったですね」

想定していなかった“交流”や“演出”が自然と生まれるのも、ここ大ピンチ展の魅力の一つです。「みんなこの大ピンチ展で盛り上がった仲間だよね、みたいなことが影響した上で、この”ぎゅうにゅうぶろ”でみんな交流し合うといった風にみんな仲良くなってくれたらいいですね」と鈴木さん。

“大ピンチ”は、机の上では生まれない。『大ピンチずかん』は日常の観察の中から生まれた

鈴木さんは、最後に”ピンチの考え方”について語ってくれました。

「子どもたちが陥る“ピンチ”って、机の上で考えても絶対に出てこないと思うんですよね」

作品づくりの出発点は、日常の観察にあると鈴木さんは言います。アイデアノートには、子どもたちの言い間違いや、何気ない怒りのツボ、くだらなくて笑ってしまう失敗などが、長年にわたってメモされているそう。

「たとえば、“給食の食べかすが歯に挟まって取れない”とかね(笑)。そういう小さなピンチって、他にも似たような体験があるんじゃないかと考える。“歯に挟まる”っていうテーマから類推して、似たピンチを探していく。そんな風に発想が広がっていくんです」

鈴木さんの創作姿勢は、どこかドキュメンタリー的。

「子どもたちを観察していると、“あ、こういう時って辛いんだ”とか“こういう瞬間ってバカバカしいけどリアルだな”とか、発見がある。そういう生の感情や状況に出会わないと、作品の“芯”みたいな部分は出てこないと思っているんです」

“机の上では生まれない”というのは、単なる比喩ではありません。日々の生活に身を置き、人を見つめ、感情を受け取る。そこからしか、本当の物語は立ち上がらないのだと言います。

展示後半には、のりたけさんの“人となり”を感じられるコーナーも。若き日の写真や、サラリーマン時代のエピソード、来場者からの質問に答えるコーナーも用意されています。
鈴木のりたけ『大ピンチ展!プラス』
鈴木さんは自らを例えるなら「渦」だと語る通り、取材・構成・創作・発表を高速で回転させながら、常に新しい形を生み出していました。
鈴木のりたけ「大ピンチ展!プラス」
https://play2020.jp/article/pinch/
会期:2025年10月8日(水)ー12月7日(日)無休
開館時間:10:00-17:00(土日祝は18:00まで/入場は閉館の30分前まで)
入場料:一般1,500円/大学生1,000円/高校生800円/中学生600円/小学生600円
会場:PLAY! MUSEUM 〒190-0014 東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3棟
執筆/柳川愛理