新年度が始まり、環境の変化や人間関係の疲れがじわじわと押し寄せてくる5月。いわゆる「五月病」に悩まされる人も少なくありません。そんなとき、自分の心を整えるための新しい習慣として注目されているのが「書くこと=ジャーナリング」です。なかでも、習慣化コンサルタントとして知られる古川武士さんが提唱する「書く瞑想」は、感情を言葉にして整理することで、心のもやもやを落ち着かせてくれるメソッドとして話題です。今回は、五月病の予防やケアに役立つ「書く瞑想」の効果と、続けるためのヒントを習慣化の達人・古川武士さんに伺いました。
古川武士(ふるかわ・たけし)さん
習慣化コンサルティング株式会社代表取締役。関西大学卒業後、日立製作所などを経て2006年に独立。5万人以上のビジネスパーソン育成と1000名の個人コンサルティングを行う中で、「習慣化」が人生と組織の根幹にあると確信し、習慣化専門コンサル会社を設立。著書は『書く瞑想 1日15分、紙に書き出すと頭と心が整理される』ほか多数で、累計120万部を突破している。
「書くこと」は、願いを現実に引き寄せる行動だった
――古川さんが「書く」ことと出会ったきっかけを教えてください。
昔から自己啓発本が好きで、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』やブライアン・トレーシーの目標達成本など、どの本にも共通して「紙に書け」と書いてあったんです。願望を書き出すことで、脳がそこに焦点を当ててくれる。書くという行為そのものが、願望を実現するうえで非常に重要なんだということは、どの本にも共通して書かれていました。
最近は「言語化」というキーワードが流行していますが、人間の脳は言葉や五感に反応するようにできているというのは心理学的にも分かっていることです。曖昧な思考は曖昧なまま流れていきますが、言語化しようとすると、考えをブラッシュアップして、核心をつかむ必要が出てくる。それによって自然と思考の解像度も上がっていきます。
たとえば「ザルツブルクに行きたい」と明確に書けば、旅行雑誌を見ても自然とその情報に目が向く。漠然と「ヨーロッパに行きたい」では、実現しづらいんですよね。当時は「代官山に住みたい」といった願望も紙に書いていました。そうすると実際に代官山の物件を見に行ったりして、“なりきってみる”ことができました。
――「書く」ことにそんな力があるんですね。
「書くこと」の力を実感したのは、目標達成のためだけではありません。たとえば健康のことが気になるとき、「脳のMRIを撮ってみようかな」となんとなく思っていても、それだけでは前に進まない。でも、それを紙に書くと、「じゃあいつ行く?」「どこの病院?」「電話して予約しよう」と行動に移るきっかけになるんです。
書くことで、思考は進化します。曖昧なままでは止まってしまう考えも、紙に書くことで動き出す。私の人生の中でも、特に最初の3〜5年は、書いたことがどんどん現実になっていくという自己実験のような時間でした。だから今も、「書くこと」はずっと続けています。願望も行動も、すべては「書く」ことから始まると信じています。
書くことがもたらすウェルビーイング効果
――「書くこと」がウェルビーイング向上にどうつながるのでしょうか。
ウェルビーイングを高める鍵は、「放電(マイナス)を減らし、充電(プラス)を増やす」ことだと思います。何が良い・悪い習慣かは人によって異なります。たとえば、スイーツやお酒が「充電」になる人もいれば「放電」になる人もいます。大切なのは、自分にとって何がエネルギーを下げ、何が上げるのかを把握することです。
一日の終わりに「今日は何点だったか?」を記録する。それを積み重ねることで、1か月後、1年後のウェルビーイングが変わってきます。いきなり20点を80点にはできなくても、30点にはできる。たとえば「15分だけ本を読む」「部屋を片付ける」など、小さな行動を紙に書いて実行するだけで、自己肯定感が高まります。
書くことは、自分の感情と行動を見える化し、少しずつ整えていくための有効な手段。ウェルビーイングは、日々の小さな選択の積み重ねから生まれるのだと思います。
ジャーナリング「自分と向き合う時間」を取り戻す手段
――ジャーナリングが世界的に流行していますが、これについてはどうお考えでしょうか。
マインドフルネスやジャーナリングの注目が高まっている背景には、現代人のストレスの増加や「自分と向き合う時間」の不足があると思います。特にスマホの普及以降、意識が常に外に向かうようになりました。昔は通勤や通学の時間に、自然と本を読んだり、自分と向き合ったりする余白があった。でも今は、LINEの返信や通知に追われて、内面と対話する時間がほとんどなくなっています。
ジャーナリングは、その失われた「自分と向き合う時間」を取り戻す手段のひとつです。 ウェルビーイングの「SPIREモデル」でも語られるように、スピリチュアル・ウェルビーイング――つまり、自分の内面や魂と向き合うこと――が欠けている現代において、その重要性が再認識されているのだと思います。
多くの人がストレスを抱えながら、その整理の仕方すら分からず、情報に流されてしまう。そうした背景が、ジャーナリングのような実践が広がっている理由だと考えています。
書く瞑想を習慣化するには?
――ジャーナリングをこれから始める人におすすめの方法はありますか?
まず「何のために書くのか」を意識することが大事です。 ジャーナリングを習慣にしようと意気込みすぎるよりも、「一日あたりのウェルビーイングを少しずつ高めていく」くらいの気持ちがちょうどいいと思います。
継続のカギは、「1回書いたときにすっきりしたか」「満足感があったか」。これがあると自然と続けやすくなります。 だから最初はシンプルに、たとえば「今日の放電(疲れたこと)を3つ」「今日の充電(うれしかったこと、感謝、成長の気づき)を3つ」書くくらいで十分です。人はどうしてもマイナスなことに目が向きがちですが、小さなプラスに目を向けて書き出すだけで、同じ一日でも心の満足度はぐっと上がります。
書くことで、「今日これがよかった」「明日はこう過ごしたい」とポジティブなイメージが浮かびやすくなり、心の充電につながります。 私はこれを「放電・充電・未来日記」と呼んでいます。たとえば「明日は帰りに1輪のチューリップを買って帰ろう」と書いて、実際にやってみる。そんな小さな行動が気分を上げてくれます。
ウェルビーイングを高めるというと、大きな成果を出すことが必要に思われがちですが、実は日々の生活の中で少しずつ積み上げることが大事なんです。書くことでマイナスの出来事も「教訓」として捉え直せたりして、満足感も変わってきます。
書籍「書く瞑想」には「ルフトーク」という発展的なステップも紹介していますが、これは少し難易度が高いので、最初の1〜2週間はシンプルな方法から始めてみてください。
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“書くこと”には、思考を前に進め、願いを現実に近づける力がある——そんな古川さんの言葉が印象的でした。ただ目標を書くのではなく、自分の感情や行動を丁寧に言葉にしていくことで、心の整理が進み、毎日の満足度も自然と高まっていく。忙しさに追われがちな現代だからこそ、「書く時間」が自分を取り戻す貴重な習慣になるのだと感じました。後編では、さらに具体的なジャーナリングのコツをご紹介します。どうぞお楽しみに。
書く瞑想 1日15分、紙に書き出すと頭と心が整理される