子どもを背負いながらバイオリンを奏でる人。演奏する親のそばで自由に過ごす子どもたち。そして、経験
年数に関係なく、オーケストラの一員として舞台に立つ子どもたち。西宮を拠点に活動する「西宮きらきら母交響楽団」は、一般的な楽団とは少し違う光景が広がっています。
この楽団が大切にしているのは、誰かが演奏を諦めて子どもをみたり、練習に行くために子どもを預けたりするのではなく、大人も子どもも同じ空間で、それぞれの「好きなこと」に向き合うこと。
『子どもがいるからできない、という思い込みをなくしたいんです』と話すのは、楽団を立ち上げた馬場京子さん。楽団立ち上げに込めた想いや今後の展望について伺いました。
子ども連れOKのオーケストラでも「本物の音楽」にこだわる
――西宮きらきら母交響楽団を立ち上げた経緯を教えてください。
最初に楽団を始めたのは、広島に住んでいた頃です。その後、夫の転勤で東京へ移り、さらに関西転勤となって西宮に来ました。
西宮に来てから「西宮きらきら母交響楽団」を結成し、約12年間、活動を続けています。
広島で立ち上げた最初の楽団は、今でもみんなで運営しています。
広島の楽団は、2026年で19年になりますね。
西宮の楽団は年に3~4回ほど公演を行っています。約3か月にわたって練習を重ね、本番に臨みます。
――コンサートの演目は、どのように決めているのですか?
西宮の楽団に関しては、私が決めています。
子ども向けのコンサートでも、子どもに迎合するようなプログラムにはしていません。演奏する側が真剣に向き合えるよう、少々難しい曲にも挑戦しますし、しっかりリハーサルを重ねて臨みます。
1つの公演を通じて、奏者自身も成長していけるようなプログラムを考えています。
――練習では、子どもをおんぶしてフルートを吹いている方もいらっしゃいますね。演奏に集中するのが難しいのではないでしょうか。
それが、意外と大丈夫なんです!普段も子どもを連れて外出した先で出会った人とおしゃべりしたりしますよね?その”おしゃべり”を”楽器演奏”に変えた、と想像してください。
もちろん子どもがいると時間は細切れとなり、自宅でじっくり考える時間を確保したり、連続して2時間
みっちり練習したりするのは難しいという現実もあります。
ですが、オーケストラの練習では、『お母さん、今から大事な時間だからね』と子どもに伝えれば、子ども
は分かってくれるもの。視界に子どもを入れて見守りながら練習しています。
子どもたちは、「この時間はお母さんが練習する時間なんだ」と、少しずつ認識していくようです。
――――子どもがいても音楽ができるのですね。
音楽はもともと、人が喜びを表現したり、悲しみを癒したりするために生まれてきたものだと思います。
最高峰のプロの奏者のみなさんのように極めて繊細な音を追求する、ということは難しいかもしれませんが、「楽しみたい」「目の前と違う世界へ行きたい」「音楽を通して人の心へ何かを届けたい」という思いなど、目指しているものは同じだと思います。
音楽は人々の日常の営みなので、子どもと音楽は共存できると思っています。
「子どもがいると音楽活動ができない」という思い込みを乗り越えるきっかけを、奏者にも、コンサートに来てくださる方にも届けたいんです。
親が好きなことに打ち込む姿を子どもに見せることの意味
――幼いお子さまを持つ楽団員にとっては、練習や演奏の機会を持つことができ、観客側も子どもと一緒に気兼ねなくコンサートを楽しめる。双方でその環境を創り上げているのですね。
子どもが静かに座っていられる年齢になるまで、演奏もコンサート鑑賞もできないというのは、極端に言えば「子どもが生まれたら、自分の人生は諦めなさい」と言っているようなものですよね。
子どもは幼ければ幼いほどスポンジのように、すべてを受け止め、吸収する力を持っています。だからこそ、0歳の頃から楽器から空気を伝わって届く振動や音色など「本物の音」を感じて欲しいです。
また、親子でコンサートに出かけて、「お母さんやお父さんがリラックスして音楽を楽しんでいる」と感じること自体が、子どもにとって幸せな経験だと思います。
誰もが気を遣わなくていい。そんな空間をつくりたいです。
――幼い頃から音楽に触れている子と、そうでない子どもに、何か違いを感じることはありますか?
音楽的な感性に違いが出るのか?ということでしたら、子どもによりますし統計的なことは分かりません。でも、親が、特に母親が自分の好きなことに打ち込む姿を見せることは、意味があると思います。
今の日本社会には、「母たるもの、子どもが生まれたからには、自分のことは二の次。やりたいことを我慢
して、子どもや家族を優先すべき」という考え方がまだまだ色濃く残っています。
誰かからはっきりとそう言われていなくても、自身が勝手に思い込んでいることも多いでしょう。
我慢を続けると、いつか「あなたのために我慢したのに」という気持ちが募り、我慢した分だけ子どもへの期待も大きくなります。子どもからすれば、親に我慢させてしまっているということ自体、幸せなことではありません。母親には好きなことをして、生き生きと過ごしてほしいと感じているはずです。
私たちの楽団では、「大人が好きなことをしている空間に、子どもが一緒にいる」ということが当たり前で
す。大人たちが真剣に集中し、好きなことをきわめようと追求している姿を見ながら育った子どもたちは、
自分も好きなことに挑戦しようと思えるのではないでしょうか。また、周りでそういう人を見たときに、自然と応援できるようになるでしょう。
実際、練習についてきてくれている子どもたちは、年月を経て、私たちを一番理解して応援してくれています。このことにとても良い循環を感じています。
初心者でもオーケストラの一員となり、舞台に立てる
――コンサートに出演している子どもたちは、楽団員の方のお子さんですか?
いいえ、違います。7月に行ったコンサートは、「みんなでつくるおーけすとらこんさーと」と銘打った人気シリーズで、今回が4回目。広く一般から子ども奏者を募集してみんなでつくるコンサートなんです。
子どもたちがオーケストラに参加するには、一生懸命練習して上手になり、オーディションに合格して初めて舞台に立てる。そんなイメージがありますよね。私たちは、そうした常識を変えたいと思っています。楽器を始めたばかりの子どもも歓迎していますし、オーディションもありません。「やってみたい」と思えば、初心者でも参加できます。
大切なことは、子ども自身が「自分にはできない」「きっと無理だ」と可能性に天井を作らないこと。やりたいと思ったときに、挑戦できる場があるということ自体が重要だと思っています。
楽器を始めたばかりだから、小さいから、難しそうだからと『オーケストラなんて無理』と言っていた保護者の方も、リハーサルでだんだんと変わる子どもの姿に、『うちの子、意外とできるじゃない!』と驚かれます。
『普段は家でまったく練習しないのに、オーケストラに参加してからは熱心に練習しはじめてびっくりした』とか『演奏についてのアドバイスを家でも素直に聞くようになった』などの嬉しいおうちでのエピソードもたくさんいただいています。
『子ども奏者のみんながすごいから、自分もちゃんと弾けるようになりたいと思った!』と子どもたちは言っていました。「やりたい!」という気持ちが、子どもたちの力を引き出し、本当にできるようにしていました。
「お子さんが幼稚園に入ってから」と、サークル参加を断られたことが原点に
――馬場さんがここまで情熱をもって活動されるようになったきっかけを教えてください。
長女が生後半年の頃、私は人生で初めて「空いている時間」がありました。せっかくの機会だから、この時間を有効に使って自分磨きをしようと思って外国語を学ぶサークルを探しました。
自宅から30分ほどかかるところにようやく1つだけ見つけました。『0歳の子どもがいるのですが、子連れで参加できますか』と問い合わせると、『お子さんが幼稚園に入ってからいらっしゃい』と断られたんです!
これが、きっかけでした。私にとって、時間があるのは「今」。日々変わっていく赤ちゃんがいて、明日や
明後日のことも分からないのに、3年後の状況なんて分かりません。介護しているかもしれないし、仕事で
忙しくしているかもしれない。今やりたいのに受け入れてもらえないなんて!
「赤ちゃんがいることで、行ける場所がないと感じている人はきっと、自分以外にもいるはず。受け入れてもらえないなら、自分で作ろう!」と思いました。
SNSがここまで発展していない時代だったので、チラシを作り、区役所の掲示板に貼ってもらったところ、数名が集まりました。
同じ境遇の小さい子どものいる母たちだけでなく、世界で仕事をしていてリタイアした方も参加してくれました。
――「教えたい」という人が会を作るのは想像できますが、「学びたい」という呼びかけから会が成立するのはすごいですね。昔から行動力があったのでしょうか。
やりたいことはやるタイプだったかもしれませんが、私が本当に強くなったのは、子どもが生まれてからだと思います。
子どもがいない時は、お金にも時間にもある程度余裕がありましたし、何かをやりたいと思ったときでも、自分の思いだけで行動できました。しかし、いざ子どもを出産すると、自分の予定は子どもの状況に左右されて思うようにいきません。だからこそ、「今ならできる!」というタイミングを見つけたら、その瞬間に行動しなければならないと思うようになりました。
忘れていた「別世界」が、再び音楽への扉を開く
――外国語のサークルから、音楽の活動へとつながったきっかけは何だったのでしょうか。
中高生の頃に所属していた青少年オーケストラから、『50周年のイベントで演奏しませんか?』と連絡をいただいたことがきっかけです。ぜひ弾きたいと思い、出演させていただきました。
舞台でライトを浴びながら演奏していたとき、「そういえば、こんな世界もあったな…」と思い出しました。
乳児との生活は毎日が驚きの連続で教えられることばかり。心からの幸せも充実感も感じていましたが、とても現実的です。
舞台は、そんな現実とは切り離された「別世界」です。目の前の現実とは全く違う世界がどこまでも広がるどこでもドア。そんな場所があることを、ずいぶん長い間忘れていたことに気付きました。
その舞台上で、夫の転勤で引っ越したばかりの広島の地で「オーケストラを作ろう」と決めたんです。子どもがいることで音楽を諦めた人、長いブランクから戻るきっかけが欲しい人、新しいことを始めてみたいという方。いろいろな人がいるだろうと思い、『やりたい人は、みんなでやろう!』と呼びかけて、「広島きらきら母交響楽団」というオーケストラを結成しました。

――それが西宮きらきら母交響楽団へとつながっていくのですね!どんな技術レベルでも参加できるのです
か?
はい、音楽をやりたい方はどなたでも!年齢も、経歴も、技術レベルも、子どもがいてもいなくても、関係ありません。「好き!」「やりたい!」という気持ちが全てです。なので本当は「子ども奏者」を募集したとき以外も、子どもたちも参加できますし、中学生の団員がいたこともあります。
――これまでに、新しく楽器を始めた方もいますか。
はい!こんな機会は滅多にないのでと、楽器を買って挑戦された方も複数います。
曲を完璧に弾けなくてもいいんです。
「1拍目の音だけ」「サビだけ」でも構いません。弾けるようになってから参加するのではなく、
できる部分から一緒に演奏すればいいと考えています。
――1拍目だけ弾いて、あとはお休みしてもいいと思えば挑戦できる気がします!私もピアノを習った経験があります。けれど、右手と左手で別の音を弾くこと自体が、今となってはできないような気がしてしまいます。
年齢と共に、思うように体が動かなくなっていくということはあるでしょう。でも、今日が一番若いんですよ!やりたいと思ったら、今、始めたほうがいいのです。
「趣味は老後にとっておく」という方もいますが、理想や目標に近づくには、やはり1日でも若いうちに始める方がいいと思います。
「育児」も「自分の好きなこと」も、どちらも選んでいい
――西宮きらきら母交響楽団のほかにも、お母さんが参加しやすい楽団はあるのでしょうか。
子どもや家族がいる女性たちは、とても家族に気を配って生きている人が多いです。ですので、昼間であっても練習へのコンスタントな参加は難しいですし、特に夜の時間帯への定期参加は不可能に近いです。
日本社会においては今もなお、子どもが生まれたあと、男性はそのまま続けられても、女性が「好きなこと」を続けるのはとても難しいです。女性自身が「自分が諦めるもの」と思い込んでいる面もあると思いますし、社会の圧力も現実にみんなたくさん感じています。
好きなことと子育ては、どちらか1つを選ばなければならないものではありません。両方とも大切なのだから、両方大切にしていいんです。両方を大切にできます!そのことを、これからも活動を通して伝えていきたいと思っています。
コンサートに来られた観客の方が「子どもがいるけれど、好きなことをしたいと思った」と伝えてくださることも少なくなく、とても励まされます。
――どのような方にコンサートへ来てほしいですか?
年配の方も来てくださいますが、特にコンサートを届けたいのはファミリー層です。
「子どもが騒いだらどうしよう」と心配しないで、リラックスして音楽を楽しんだという経験をして欲しいです。子ども、親、祖父母の3世代で来ていただくのもいいですね。子どもたちは聴いていないように見えたとしても実はしっかり聴いています。何週間も経ってから突然メロディを口ずさんでびっくりした、というお話はいろんな方が教えてくださいます。
クラシック音楽は、魔法のようです。その時代を生きていないのに、その時代を生きた人たちの気持ちを感じたり、土地の風景を見たような気持ちになれる、とても不思議なもの。目の前の現実以外に無限の世界が広がっていて、自分まで繋がっていることを感じられます。
200年も300年も前にヨーロッパで生きていた誰かの作品を、この日本で2026年を生きる自分が聴けること自体がすごいですよね!! 無数の人たちが大切に伝え続けてきてくれたということを感じます。
子どものころにたくさんの小さい経験をすることで、いろんなことを「知っている」にすることはとても大切だと思っています。そうした経験が絡み合って無限の可能性が伸びていくので、その原点のひとつに私たちのコンサートがあるのだとしたら、そんなに光栄なことはないです。
歴史の中で埋もれた女性作曲家に光を当てる
――西宮きらきら母交響楽団では、積極的に「女性作曲家」の曲を取り上げているのだとか。
はい。女性作曲家の作品を、コンサートの演目に最低でも必ず1曲は取り上げるようにしています。「クラシック音楽の女性作曲家」と聞いて、誰かを思い浮かべられますか?
たった1人の名前さえも挙げられる人はあまり多くないのではないでしょうか。
実際は、女性作曲家もたくさんいるのですが、女性作曲家の作品が後世に残りにくかったのは、作曲家が「男性の職業」とされてきた歴史的背景があるからです。
かつては、女性が結婚後に外で仕事をして収入を得ることを良しとしない社会常識がありました。
たとえば作曲シューマンの妻クララ・シューマンも、当時を代表する優れたピアニストであり作曲家でもありました。しかしサロンコンサート用の小さい作品しか残されていません。
たとえ隠しきれない光る才能があったとしても、女性というだけで、教育が受けられない、演奏の機会が少ないため作品数が少ないし大編成の作品は演奏される場がないのでそもそも書かない、家の恥なので死後に楽譜が大切に扱われない、などの理由で、なかなか今日までの楽譜が伝わっていません。伝わっている作品はそうした幾重もの困難を乗り越えて私たちの手元まで来てくれたものなのです。たくさん演奏して、後世に伝えていきたいと思っています。
――コンサートでは女性作曲家がおかれてきた背景などについてもお話しになるのですか?
あえて詳しい説明はせずに、「次は、女性作曲家の作品をお届けします」と伝える程度に留めています。それだけでも、聴いている方の意識に「女性の作曲家」という言葉が残ると思うんです。
作曲家と聞くと、音楽室に飾られていた肖像画を思い出す人も多いでしょう。その顔ぶれが男性ばかりだったことに初めて気づき、衝撃を受ける方もおられるはずです。
小さなきっかけでも、これまで当たり前だと思っていたことを見直すことにつながればいいですよね。
――今後チャレンジしたいことを教えてください。
今後は、プログラムの中の女性作曲家と男性作曲家の割合を1対1に近づけたいですし、こうした活動に刺激を受けたプロオケのコンサートもそれが当たり前になるといいなと思います。
加えて、いつか、海外でも公演してみたいです!海外の音楽祭などに呼んでいただき、その場で、その国の子どもたちにも参加してもらう。私たちの音楽を聴いてほしいというよりは、「みんなで一緒に演奏する」という体験を世界中で作れたらと願っています。
子連れオーケストラ「西宮きらきら母交響楽団 」
公演・活動の様子
◆Instagram
お問合せ
◆Webサイト
取材を終えて
子どもを育てながら、自分の好きなことにも向き合う。言葉にすると当たり前のように聞こえますが、現実には、時間や環境、周囲への遠慮から諦めてしまっていたり、「子育てには我慢がつきもの」と思い込んでいたりする人も少なくありません。
子どもを誰かに預けることによって大人の時間を取り戻すのではなく、子どもと同じ空間にいながら、それぞれがやりたいことに向き合える場をつくるという活動は、馬場さんならではのユニークなポイントです。また、親がリラックスし、生き生きとしていることが、子どもの安心にもつながっていくという考え方も素敵だと感じました。馬場さんがつくるオーケストラは「音楽を奏でる場所」であると同時に、1人ひとりが自分の生き方を大切にする場でもある。と言えるでしょう。
お子さまと一緒に西宮きらきら母交響楽団のコンサートに出かけてみてはいかがでしょうか。親も子も、何か感じるものがあるかもしれません。
番組「ウェルチル 私と誰かにちょっといいこと」
関西テレビ放送で毎週金曜よる9時:54分放送(関西ローカル)
次回もお楽しみに。