若いころに夢中になったスポーツに70代で再び向き合い、試合のリングに立つ。
そんな挑戦をしたのが、荻田武さんです。
もともとは体力づくりのために始めたキックボクシング。しかし、若い人たちが試合に挑む姿を見ているうちに、「自分も試合に出てみたい」という気持ちが芽生えました。
年齢とともに変わっていく体を受け入れながら、それでも挑戦することをやめない荻田さんに、運動を続ける楽しさや、80歳でリングに立った理由を伺いました。
若いころ夢中になったボクシングを、70代でもう一度
――格闘技を始めたきっかけを教えてください。
もともと格闘技が好きだったんです。高校生のころ、あるボクサーが試合で受けた打撲が原因で亡くなったというニュースを見て、大きな衝撃を受けました。
「ボクシングって、いったいどんなスポーツなんだろう」
そう興味を持ったことがきっかけで、自分でも始めるようになりました。
高校生の頃から4〜5年ほど練習していましたが、その後はいったんボクシングを離れました。
社会人時代は、仕事で海外に20年ほど暮らしていた時期もあり、その間はテニスなどをして体を動かしていたんです。
日本に戻ってきたのが77歳くらいのころ。帰国してから、「体を動かさないと」と思い、家の近くのジムで格闘技を始めることにしました。
――今通っているのはキックボクシングのジムなんですね。
そうです。昔やっていたのはボクシングですが、今はキックボクシングです。
最初から試合に出ようと思っていたわけではありません。目的はあくまで体力づくりでした。でも、若いトレーナーに教えてもらったり、練習している若い人たちと話したり、ときには一緒に飲みに行ったりするうちに、それがだんだん楽しみになっていったのです。
妻も、私が昔ボクシングをやっていたことを知っていたので、
体を動かすこと自体には理解がありました。
このジムには、もう3年ほどお世話になっています。
「自分も出てみたい」。80歳でリングに立つまで
――体力づくりが目的だったのに、なぜ試合に出ようと思ったのでしょうか。
ジムにいる若い人たちは、月に1、2回くらい試合に出るんです。それを見ているうちに、自分も出てみたくなりました。
「実際に叩かれたら、自分の体はどうなるんだろう」という怖さはありました。若いころと比べれば体つきも変わっていますし、体力もスピードもパワーも、明らかに落ちていますから。
でも、ジムに通い始めて3年がたったこともあり、「ここまで続けてきたんだから、一度チャレンジしてみよう」と思ったんです。
マネジメントをしてくださっている方にも、背中を押してもらいました。
――実際に試合に出てみて、どうでしたか?
思うようにはいかず、悔しさが残りました。自分の中には、若いころの体の動かし方のイメージが残っているのですが、今の体は自分が思うようには動かない。そのギャップに、もどかしさを感じました。
ただ、この年になって「目標に向かって練習できる」ということ自体が、とてもありがたかったです。
試合までの時間は、やっぱりわくわくしました。
15歳年下の相手に挑戦。「本番ではちゃんと蹴りも出ていた」
荻田さんの練習仲間であり、試合出場のマネジメントも担当した畑村優輝さんは、今回の挑戦についてこう振り返ります。
――荻田さんが試合に出ることになった経緯を教えてください。
畑村さん:
大会自体が「ボクシングを生涯スポーツに」という趣旨のもので、僕自身も一度、エキシビションに出たことがあります。
今回、僕よりも荻田さんのほうが大会の趣旨に合っていると思い、主催者の方に紹介させてもらいました。ただ、年齢的に対戦相手を探すのがなかなか難しくて、最終的には65歳の方が対戦相手になりました。それでも荻田さんとは、15歳差です。
相手の方は筋肉もしっかりあって、かなり体格のいい方でした。
――80歳で、新しくキックも覚えたんですよね。
畑村さん:
そうです。荻田さんは若いころボクシングの試合にも出ていたそうですが、キックを覚えたのは今回が初めてだと思います。
高齢になってから新しい動きを覚えるのは難しかったと思いますが、本番になると、ちゃんと蹴りも出ていたんですよ。
70代後半になってから新しいことを覚えて、実際に試合でやってみる。その姿を見て、感動しました。
――キックボクシングは、生涯スポーツにもなり得るのでしょうか。
畑村さん:
やり方次第だと思います。「キックボクシング」と聞くと、怖いとか厳しいというイメージがあるかもしれません。でも、無理をせず、自分の体に合わせて調整しながらやればいい。
そういう意味では、生涯スポーツとしてとてもいいスポーツだと思います。
心配する家族を説得。それでも挑戦したかった
――ご家族は試合を応援してくれましたか?
試合に出ることについては、妻も子どももかなり心配していました。最初は『出ないでほしい』と言われましたね。やはり、危険を伴うスポーツですから。
それでも、どうしても一度やってみたくて、説得しました。
試合当日は、家族は会場には来ませんでした。『怖くて見られない』と(笑)。『終わったら電話して』と言われていたので、試合が終わってから電話をしました。
妻が子どもに『お父さん、無事だったと連絡があったよ』と伝えてくれたそうです。心配はかけましたけど、やってよかったと思っています。
ただ、「もっとやりたかった」という気持ちは残っていますね。覚えたことも、本番ではなかなか思うようにできなかったので、またチャレンジしたいです。
動けるときは、できるだけ体を動かしたほうがいい
――これから挑戦したいことはありますか?
体を動かし続けることですね。健康な体がいつまで続くかは、誰にもわかりません。だから、動けるときはできるだけ体を動かしておいたほうがいいと思っています。
運動する機会があるなら、積極的にやったほうがいい。
私自身、今はほぼ毎日ジムに来ています。仕事はもうしていないので、ジムに来ることが仕事みたいな感じです(笑)。休館日以外は午前中に来て、1時間半から2時間くらいトレーニングしています。
これからも、できるだけ続けていきたいですね。
取材を終えて
80歳でリングに立った。その事実だけを聞けば、「ものすごく体力のある、特別な人だからできたこと」と思うかもしれません。
けれど、荻田さんの話で印象に残ったのは、むしろ「昔のようには体が動かない」「怖さもあった」という言葉でした。
年齢を重ねれば、できなくなることも増えていきます。それでも、「できなくなったからやめる」のではなく、今の自分の体と相談しながら、新しい目標を見つけていく。そして、その目標に向かって練習する時間を、荻田さんは『わくわくした』と話します。
荻田さんのように、キックボクシングに挑戦することはハードルが高いと感じるかもしれませんが、大切なのは、今できることを自分なりに楽しく、体を動かすこと。
散歩をしてみる。久しぶりに好きだったスポーツをやってみる。少し遠くまで出かけてみる。それだけでもいいのかもしれません。
番組「ウェルチル 私と誰かに、ちょっといいこと」
関西テレビ放送
毎週金曜よる10時52分放送(関西ローカル)
次回もお楽しみに。