この夏も暑かった! 民間のプールにお世話になった方も多いのでは? 暑い中、野球場で飲むビールも最高です。フジロックなどのフェスで夏を楽しんだ方もいらっしゃるでしょう。実はこれらの舞台は、大きなくくりで言うとすべて“スポーツ施設”。そして國學院大學人間開発学部健康体育学科教授の備前嘉文氏曰く、スポーツ施設がまちづくりにも大きな影響をもたらしているとか!? 今回は、スポーツ施設とまちづくりの関係性や、人のウェルビーイングにもつながるというお話を伺ってきました!
備前 嘉文(びぜん・よしふみ)氏
2009年3月早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了(博士・スポーツ科学)。 2016年4月~國學院大學 人間開発学部 健康体育学科(現在、教授)。同大学においてスポーツマネジメント/スポーツマーケティングの研究を行う。2025年7月~日本スポーツマネジメント学会理事・編集委員会委員長。著書に「スポーツ白書~スポーツが目指すべき未来~」(笹川スポーツ財団)など。現在、持続可能なスポーツイベントの運営や、eスポーツのプレイが人々の楽しみに及ぼす影響など、スポーツマーケティングに関する多様な研究に取り組んでいる。
スポーツ施設には3種類ある
皆さん、お久しぶりです。國學院大學でスポーツマネジメントを研究している備前です。前回の記事では、スポーツと感動の関係性についてお話させていただきました。そこでも少し触れたのですが、今回はスポーツ施設とまちづくりとの関係性について触れたいと思います。
まずスポーツ施設には大きく学校と公共のスポーツ施設、民間のスポーツ施設と3種類があります。スポーツ庁の調査によると、全国に約21万か所のスポーツ施設が存在し、そのうち約6割は体育館や運動場、プールなど、いわゆる学校の施設が占めています。残りが公共の施設と民間の施設。公共施設とは、県営の体育館やプール、陸上競技場など、国や県、市によって整備された施設。一方、民間施設は企業によって設置されたものになります。普段の生活ではあまり意識しないかもしれませんが、「誰が運営しているのか?」で考えると分かりやすいかもしれません。
スポーツ施設=「箱もの」の悲しい歴史
公共のスポーツ施設については、これまで毎年どこかの都道府県で開催される国体、いわゆる国民体育大会(現在の国民スポーツ大会)をきっかけに建てられることが多かった。大会の開催にあたっては、国から施設整備の補助金が交付されることから、建設が比較的容易に進められたと考えられます。しかし、こうした施設は大会を開くためにつくられたもので、普段のスポーツ利用を十分に考えた設計ではありませんでした。そのためアクセスは必ずしも便利ではなく、大会後の活用もあまり想定されていなかった。しかも大きなスポーツの大会は週末に行われないことが多いため、結果的として稼働率が低く「箱もの」として見られるようになってしまいました。
そこで2016年に、せっかく建てたスポーツ施設を有効に活用しようということで、国やスポーツ庁が中心となり、アリーナやスタジアムの改革指針が出されました。これが、スタジアムなどがただスポーツをするだけの場所ではなく、民間の人も日常生活の中でいろいろと活用できるような施設になってきたという流れです。
フジロックの舞台もスポーツ施設!?
毎年夏に開催されるフジロックフェスティバルの現場、苗場のスキー場もスポーツ施設の1つとして考えられています。事実、スポーツ庁の調査でも、「スキー場」「スノーボード場」という項目があります。特に夏の大規模な音楽のフェスティバルは苗場などのスキー場で行うことも多いですよね。それはなぜかというと、スキー場は冬にはもちろん雪があるのでスキーヤーやスノーボーダーなど多くの観光客が集まりますが、夏は雪がないのであまり人が来ない。その閑散期にどうしたら集客できるかと考えた時に音楽のフェスなどを開催して集客するというのが背景にあります。先ほどお話した体育館やスタジアムなどの「箱もの」でフェスを行うようになったのにもそんな背景があります。どうやったら場所や箱を有効活用できるかということですね。
スポーツ施設とまちづくりの関係性
私は以前奈良県に住んでいましたが、奈良県には東京や大阪といった大都市にあるような大きなスタジアムが存在していませんでした。現在は東京近郊に暮らしており、プロ野球やサッカーのJリーグなどの試合でスタジアムを訪れる機会がよくあります。何万人もの観客を収容できるスタジアムのスケールには、いつも圧倒され感動します。スポーツ以外に使われなければ「箱もの」と見なされてしまうかもしれませんが、工夫次第で大きく活用の幅が広がります。広々とした開放的な空間で飲食を楽しむのも、その一つの魅力です。
もともとスポーツ施設はスポーツのために建設されたものですが、試合やイベントがない日にも多くの人が訪れられる工夫が必要だと思います。例えばスーパーやさまざまなお店を併設することで、人が自然と集まる空間になります。その結果、スポーツ施設が日常的ににぎわいを生み出し、まちの発展にもつながると考えています。
実際に近ごろは、大都市だけでなく、さまざまな地域でスタジアムやアリーナを中心にした街づくりが進んでいます。例えば、長崎では、2024年に新しいスタジアムが誕生しました。そこにはホテルや飲食店をはじめ、暮らしに彩りを添えるような多彩なテナントが入っています。試合がある日だけでなく普段から市民に開放されているので、いつ訪れても人の気配や活気があります。さらにジップラインや足湯といった少しユニークな体験まで用意されていて、「スポーツ施設」という枠を超えた、日常に溶け込む新しい都市空間の形が広がっているんですよ!
スポーツ施設の未来形
まちの商店街にも同じことが言えますよね。いかにたくさんのお客さんが来てくれるか。そこでコミュニケーションが生まれて、相乗効果で地域が活性化していく。そんな仕組み、役割を今後スポーツ施設がますます担っていくのではないかと思います。
スポーツや身体活動を通じて人々の心身を健やかに保つとともに、地域が抱える課題の解決にも取り組もうとする「アクティブシティ」という考えがあります。この理念は2005年にイギリスのリバプール市で生まれ、日本でもここ数年のあいだに多くの自治体が取り入れるようになってきました。アクティブシティの目的のひとつは、何よりも住民の健康とウェルビーイングを育むことにあります。日々の暮らしのなかに、散歩や運動、スポーツの時間が自然に溶け込み、気がつけば心も体も軽やかになっている。そんな環境があれば、健康は「特別な努力」ではなく、暮らしの延長としてごく自然に手に入るものへと変わっていきます。
例えば、笹川スポーツ財団では、これまで取り組んできた調査・研究活動および自治体等の現場において実装した経験を活かし、基礎自治体が直面する地域のスポーツ課題や社会課題に対し、スポーツの多様な価値を活かし、課題解決およびまちづくりを目指す自治体に伴走する取り組みとして、2024より「アクティブシティ推進事業」を開始しています。以下の図はその際に整理した「SSFが考えるアクティブシティ」を示したものです。
さらに具体的なアクションとしては、京都府福知山市は「暮らしているだけで心も体も健やかになれるまち」を掲げ、アクティブシティの理念を実践しています。その一環として導入された健康促進アプリ「福知山KENPOS 」では、歩数や体重、睡眠の記録、イベント参加などでポイントが貯まり、「朝ごはんを食べる」「ありがとうを伝える」といった日常の小さな習慣も評価されます。健康づくりを義務ではなく楽しみに変える工夫が随所にあり、貯めたポイントは保有数に応じて約1,000種類の商品の中から好みのものと交換できる仕組みになっています。さらに、ポイントを小・中学校に寄付できる仕組みもあり、自身の健康行動が子どもたちの学びを支える“うれしい循環”が生まれました(学校への寄付はR7年1月末で終了)。
他にも、静岡県三島市では、まちづくり全体に“健幸(健康+幸福)”という視点を取り入れ、2013年から「スマートウエルネスみしま」というプロジェクトを進めています。ウォーキングの推進や健康講座の開催、健幸マイレージといった取り組みを通じて、市民が自然と体を動かす習慣を身につけられるよう工夫されている。その結果、週1回以上運動する人の割合や健康寿命が伸び、市民の幸福感も当初の57.0%から62.9%に上昇しました。
「健康的なまちとは何か?」を考えたとき、人とのコミュニケーションの場が大きな役割を果たすと感じます。スポーツ施設でスポーツイベントや音楽フェスが開かれると、初対面の人同士でも共感を通じて仲良くなることがあります。こうした出会いやつながりが、人を、そしてまちを変えていくのです。その際に重要なのは、スポーツ施設でどのようなイベントを行うかという点です。ターゲットとなるペルソナを明確にすることが欠かせません。例えば子育て世代に訴求するのであれば、親子で参加できるイベントが効果的でしょう。また、オリンピックでも近年はアーバンスポーツとしてBMXやスケートボードが採用され、“街なか”でも気軽に楽しめるスポーツ施設が増えています。こうした仕組みや仕掛けをまちづくりの中に取り入れることが、まちの発展にとって重要だと考えています。
怪我や体に障がいがあり、なかなかスポーツ施設に行けない方もいるかもしれません。その点、茨城県の鹿島アントラーズのスタジアムにはチームのクリニックがあり、万が一のときにはすぐに対応できる体制が整っています。しかも、試合がない日でも地域に開かれたクリニックとして機能しており、幅広い世代の人々がリハビリやトレーニングを兼ねて気軽に訪れています。スポーツ施設が、単なる競技の場を超えて「地域に開かれた場」として認識されつつあるのだと感じています。
「キミが好き! それだけで街を、人を、変える、変わる!」。
まずは一歩、街に出てみてください。近くにどんなスポーツ施設があるのか、きっと新しい発見があります。その場に立てば、きっと身体を動かしたくなるはず。それがウェルビーイングへの第一歩になるはずです!