大阪・八尾市にある「WINGED WHEEL(ウィングドウィール)」は、創業100年を超えるランプメーカーで、国内でハリケーンランプを作る唯一の企業です。
日本で初めてハリケーンランプを完成させた初代の技術と、その灯りに込めた想いを受け継いでいるのが5代目の別所由加さん。
20歳で家業を継ぐと決め、手探りで製造技術を学んできた別所さんにお話を伺いました。
初代から受け継ぐランプづくり
――ハリケーンランプとは、どのようなランプなのでしょうか。
ハリケーンランプは海外発祥の商品で、「嵐の中でも消えないランプ」ということから名づけられました。
私の曽祖父にあたる別所留吉が、日本で初めて日本製のハリケーンランプを完成させました。「より良いものを作ろう」と、海外製のものを解体し、一から作り方を研究したそうです。
私は今、5代目としてランプづくりを続けています。
家業を継ぐ決心を支えた母の背中
――代々継承されてきた会社も、大変な時期があったそうですね。
はい。私が小学校6年生のときに、祖父の代で会社が倒産しているんです。会社のみならず、家も手放すことになってしまいました。
私はまだ幼くてその頃の記憶はあまりないのですが、母が私を子ども扱いせず、何が起きているのかという事情をきちんと説明してくれたことは良く覚えています。
その後、母が4代目として会社の再建を決意。八尾市の工場へ機械を移すのを手伝ってくださった方もいて、無事に再出発することができました。
――再出発にもご苦労があったのでしょうか。
母が継いだあと、とても優秀な職人さんが勤めてくれていました。誰に教わるでもなく、ハリケーンランプをさっと組み立ててしまうような方でした。
ある日、その職人さんが急逝されてしまったんです。幸い、部品づくりは工場長を頼ることができたのですが、職人さんがいなくなり、組み立て方が分からなくなってしまいました。
昔から続く会社によくあることだと思うのですが、作り方が明文化されておらず、その方の頭の中にしかない技術がたくさんあったのです。
普段は弱音を吐かない母が、そのときばかりは『もうだめかもしれない』と言ったんです。職人さんがいなくなり、途方に暮れている母を見て、『私が継ぐから、心配しないで』と伝え、大学を辞めて家業を継ぐことにしたんです。
そのとき、私は20歳。今思い返してみると、よく勢いでそんなことを言ったなと思いますね。
――家業を継ぐことに迷いはありませんでしたか?
実は、私の母は昔から病気を患っていて、私が20歳になるまで生きることができないと言われていたんです。ありがたいことに今は元気でいますが、母の病気のことがあり、「自分が20歳になるまでに、どう生きていくかを決めなければ」と幼心に思っていました。
母が会社の再建を決めた時からずっと、私は母の背中を見てきました。その経験があったからこそ、20歳の私は迷わず決断できたのだと思います。
自分がどの仕事をするかと考えたとき、「家業を継ぐ」という選択肢しか思い浮かびませんでした。
数字やデータだけでは分からない職人の技
――作り方が分からない中で、どのようにして技術を学ばれたのですか?
ランプの組み立てだけでなく、工場長が行っている「プレス加工」という部品づくりの工程も理解しなければなりませんでした。朝から晩まで工場長の後ろにつき、「このボタンを押すと、ここがこう動く」など、一つひとつの工程をメモし、データを取るところから始めました。
組み立てについてはマニュアルがなく、教わる相手もいなかったので、本当にゼロから手探りの状態でした。
そんなとき、ランプづくりとは全く別の会社を経営している知り合いの社長さんが、とても親切に協力してくださったんです。幸いなことに完成したランプがあったので、それを手がかりに、専用機の動き方や組み立ての仕組みを一緒にひも解いていきました。
――データを取りながら、少しずつ作り方を解明されたのですね。
そうですね。でも、少し自信がついてきた頃に、忘れられない出来事がありました。
「よし、金型を取り付けよう」とはりきって機械に向かったのですが、朝から晩まで失敗続き。商品を形にすることが全くできず、とても悔しい思いをしました。
横で仕事をしていた工場長に、『全然うまくいきません」と伝えると、あれよあれよという間に機械に金型をくっつけてくれて。踊るようにスムーズな動きで、まるで工場長の体と機械・金型が、一体になっているように見えました。
その光景を見て、私は職人の技のすごさを思い知りました。職人の仕事とは、数字やデータを集めただけではできないのだなと。機械や金型をしっかり理解していなければできない仕事なのだなとショックを受けたことを、今でもよく覚えています。
――それは、ハリケーンランプだからこその難しさなのでしょうか。
部品の数は約20個と、それほど多くありません。ただ、最後の工程で一気に組み立てるので、組み立て方を1か所でも間違えると仕上がらず、すべての部品を無駄にしてしまうんです。
最初は何度も失敗しました。ランプ50個分の部品をすべて無駄にしてしまったこともあって、本当に悔しかったですね。
ハリケーンランプにはところどころに空気が出入りする穴が開いていて、この穴の数は絶対に変えてはいけないと教わってきました。長年にわたって受け継いできた形には理由があるため、その通りに作らなければならないんです。
――プラモデルみたいに、簡単に組み立てられるものではないですよね。ハリケーンランプ屋さんが国内で1社になってしまった背景には、技術伝承の難しさがあるのでしょうか。
技術の問題もありますが、ランプ自体の需要が低迷したことも関係していると思います。同業者の中には、ランプづくりをやめて一般的な板金加工の仕事に方向転換し、規模を拡大して成功しているという会社もあります。
伝統の形に新しいデザインを取り入れる
――現代の生活スタイルに合ったランプを作っておられるということですが、昔と今とでは、どのような違いがあるのでしょうか。
色々なシーンで使っていただけるハリケーンランプを作りたいと思い、色のバリエーションを増やしました。昔は赤いランプがメインカラーだったのですが、私の代で自社ブランドとして展開するようになってからは、さまざまな色のランプを作っています。
グラデーションにしたり、アーティストの方とコラボレーションをしたり、伝統工芸士の方に手作業で着色していただいたり。一点もののランプもあります。
――伝統工芸士の方との取り組みについて教えてください。
看板商品の1つに、使い込まれたような味わいのある風合いに仕上げた「アンティーク色」のハリケーンランプがあります。富山県高岡市にいらっしゃる伝統工芸士さんをテレビで拝見したとき「これだ!」と思い、すぐに電話をしました。
いろいろとお話をし、翌日には富山に行くことに。ハリケーンランプをトランクに詰めて向かいました。
最初、『ブリキに着色することはできない』と言われたのですが、『ぜひ試していただきたい』と懇願し、実現したんです。
左)#500Hurricane Lamp ANTIQUE COLOR 右)2026limitedmodel"sunlight"
――2026年限定カラーのゴールドも素敵ですね。毎年何色にするかを考えて、新しいものを生み出しているのですか?オイルランプも素敵ですね。
はい、限定色は毎年テーマを決めて発表しています。
オイルランプは母の代で開発したもので、菅原工芸硝子さんとコラボレーションし、黒とクリアの「gentle(ジェントル)」というランプを開発しました。
1人で過ごす夜にも、大切な人との時間にも
――お客様から届いた声で、印象に残っているものはありますか。
ある美容室のオーナーさんから伺ったお話があります。
仕事がすごく忙しい日にへとへとに疲れて家に帰り、1人で真っ暗な部屋にランプを灯して食事をすると、すごく癒されるのだとか。そのお話を伺って、とてもうれしく思いました。
――ランプの灯りは人の心を癒す力がある気がします。
私が好きな祖父の言葉に、以下のようなものがあります。
「暗闇に炎があると人は自然に炎の周りに集い合い、恋人たちは炎の揺らめきが映った瞳に恋をする。家族は時々電気を消してランプの炎を見つめながら語り合えば良い。きっと素敵な家族になれる」
祖父はそんな思いをもって、ランプづくりをしていました。私もその思いを大切に受け継いで、人の心に寄り添うランプづくりをしたいと思っています。だから、お客様の暮らしの中でランプが役立っていると聞くと、とてもうれしいですね。
――より気軽に使ってもらうための工夫もされているそうですね。
ハリケーンランプの使用方法をインスタライブや動画、画像で分かりやすくお伝えするように工夫しています。
ランプを未来につなげる原動力
――伝統を守りつつも、新しいことにチャレンジされています。その原動力はどこにあるのでしょうか。
一度会社がなくなった経験を、マイナスとは捉えていません。私にとって、大切な経験だったと感じています。
一方で、「ランプは生き残れるはず」という、怒りに似た気持ちもあります。
ランプを使い続けてもらうために、自分は何をすべきなのか。それを考えた先に、現在の取り組みがあります。単に自分がどうしたいかというよりも、生き残るための闘いだと思っています。
――今後、どんなことにチャレンジしたいですか?
今まさに、新しいことに取り組んでいます。
オイルを使わず、専用キャンドルを差し込んで火を灯すことができる、キャンドル仕様のハリケーンランプを開発し、販売をスタートしようとしているところなんです。
ご家庭でランプを使ってくださる方も多いとわかってきましたので、オイルを使わずに灯せるものがいいかなと考えました。
代々伝わる製法など、守らなければならないものはあります。
しかし、今あるものを守っているだけでは生き残れません。自分の中にも葛藤はありますが、伝統を守りつつも、試行錯誤を続けて新しい市場に挑戦していきたいですね。
◆株式会社WINGED WHEEL(ウィングドウィール)
ブランド:FLAME SENSE(フレイムセンス)
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取材を終えて
20歳のときに家業を継ぐと決心した別所さん。そこには、会社を再建した母の背中や、機械と向き合ってきた職人の技、そして祖父が灯に託した思いがありました。
ランプの炎は周囲を照らすだけでなく、人々の心を癒す力があります。すてきなランプがあれば、家でのリラックス時間がより楽しくなるでしょう。機会があれば、別所さんの作るランプをお迎えしたいものです。