日本のメダルラッシュで湧いた「パリ2024オリンピック」の熱気が冷めやらぬ中ですが、スポーツや映画、ドラマ、音楽、文学に触れて感動した経験は、誰しもあるのではないでしょうか。この「感動」は、ウェルビーイングにとって重要な要素と考えられますが、そもそも「感動」とはどのような状態を指すのでしょうか。國學院大學人間開発学部健康体育学科の教授である備前嘉文氏に、感動が心と体に与える影響や、日々感動を得る方法についてお話を伺いました。
備前 嘉文(びぜん・よしふみ)氏
2009年3月早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了(博士・スポーツ科学)。 2016年4月~國學院大學 人間開発学部 健康体育学科 教授。同大学においてスポーツマネジメント/スポーツマーケティングの研究を行う。2019年2月~日本スポーツマネジメント学会, 編集委員会副委員長(運営委員)。著書に「スポーツ白書~スポーツが目指すべき未来~」(笹川スポーツ財団)など。現在、eスポーツのプレイおよび視聴が参加者の心理や生体反応に及ぼす影響について研究を行っている。
私と「感動」との出会い
私は現在、國學院大學に勤務し、スポートマネジメントを専門に教育や研究を行っています。その中で、私が特に注力しているのが、スポーツに関連するさまざまな場面における消費者の行動、すなわち「スポーツマーケティング」です。
例えば、スタジアムでスポーツの試合を観戦する人たちはなぜ熱狂するのか。また、マラソン大会の参加者は大会に参加するために、日常生活でどのような行動を取っているのか、などについて研究しています。人々がスポーツを「みる」「する」ことで得られる満足感や達成感など、さまざまな感情や感動のメカニズム、そしてそれが日常生活に与える影響について探求しています。
私自身、幼い頃からスポーツ観戦を通してさまざまな感動を覚えてきました。また、スポーツマーケティングの研究に携わる中で、なぜ人はスポーツを観て熱狂し、感動するのかという疑問を抱いていました。この疑問をきっかけに、感動について本格的に研究する機会を得ることができました。最近では、オートバイの愛好者を対象とした調査から、「Exploring the Components of 'Kando' and the Factors Evoking It During Motorcycle Riding」(オートバイ乗車中に感じる『感動』の構成要素とそれを引き起こす要因の探究)(Wada and Bizen et al.,2024)という論文を発表するに至りました。
感動の種類とは
私たちの日常生活でも、素晴らしい映画やアート、音楽、自然などに触れた時に「感動した!」という言葉をよく使いますよね。感動とは実に曖昧ながら、心を動かされた時に使える万能なワードです。熱狂や興奮も感動の1つですし、言葉に表せない感情や、鳥肌が立つ、自然と涙が流れるという生体反応を伴う感情も感動と考えられます。つまり感動には、その時に抱く感情によってたくさんの種類があります。
感動自体はポジティブな感情ですが、私たちが感動を覚えるのは必ずしもポジティブなシーンからとは限りません。例えば今回のパリ五輪では、金メダル確実と言われた柔道の阿部詩選手が予期せぬ敗退をし、試合敗退後に号泣するシーンがありました。本人にとってはとても辛い経験ですし、その行動に対しては賛否両論ありました。しかし、会場にいた観客は彼女の健闘を称えスタンディングでコールと拍手を送りました。つまり、私たちはネガティブなシーンに感動を覚えることもあるわけです。
特にスポーツの場合は、結果が不確実であり、事前にどんなに実力が評価された選手であっても必ず期待通りの結果が得られるとは限りません。だからこそたとえ予期せぬ敗退をしても「がっかり」やブーイングだけに終わらず、選手の頑張りや努力を賞賛し、感動を覚える方が多いのではないでしょうか。
感動による心身へのメリット
感動はポジティブな感情であり、心身ともに良好な状態をつくりだすのでQOLの向上につながると考えています。例えば、一時期「涙活」ということが注目されました。何かに感動して泣くことでストレス発散につながる可能性があります。
スポーツで言えば、スポーツ観戦は非日常な体験であり、家族や友人と集ってテレビでスポーツを観戦する、また、実際にスタジアムで試合を観戦し見ず知らずの人たちと一緒になって応援することで感動を共有する、その体験が日常生活における幸福感につながるのではないでしょうか。明日からの生活も頑張ろう!そんなプラスのマインドにもつながると考えています。
身近に感動を共有できる相手がいないなら、バーチャルの世界で他者と感動を共有することも1つの方法だと思います。これにより、自分が孤独ではないと思えますし、感動を共有できる仲間がいるという安心感や連帯感を得ることができます。
感動の逆の感情は「無関心」!?
私は、感動の逆の感情は無関心だと考えています。例えば阪神タイガースファンを見ていただいたら分かるように、試合に負けたり、選手が不甲斐ないプレーをした時には大きなブーイングが起こります。しかし、それもチームへの愛着があってこそです。そもそも関心がなければ、ブーイングすら起こりません。そう考えると、関心の引き出しをたくさん持つことが感動への第1歩だと思います。現代ではメディアの進化により、感動できるシーンや娯楽が、テレビすらなかった時代と比べるとかなり身近になりました。まずは興味や関心を持てるモノ・コトを増やして自分の視野を広げることが感動人間への近道だと思われます。
感動力を強化・復活させる方法
とはいえ、人によっては個人的な事情で何事にも関心を持てず、感動する力が低下している時期があるかもしれません。
そのような無関心・無感動の負のスパイラルから抜け出すためには、時間や周囲のことを忘れて活動に没頭して集中する「フロー」という心理状態をつくりだすことが有効です。フロー状態をつくるには、自身のスキルに適した目標を設定し、1つずつ課題をクリアしていくことが重要です。小さな成功体験を積み重ねることでモチベーションも維持でき、成功による達成感や満足感、自信は感動へとつながります。
ポイントは、いきなり目標を高く設定しないことです。例えば、新入社員が難易度の高いタスクに挑戦しようとしても、スキルが追いついていなければ挫折してしまいます。ダイエットやゲームでも同様で、最初に無謀な目標を掲げると、それがストレスとなり、途中で放り投げてしまうことがよくあります。また、基礎知識を身につけることも感動する力を強化するために重要です。スポーツを例にすると、ルールが分かれば感動や共感もしやすくなりますよね。
(“Finding Flow” Mihaly Csikszentmihalyi(1997)「フロー体験入門―楽しみと創造の心理学」大森弘訳 世界思想社、 2010年より)
自分の能力に見合った高い挑戦を行うことでフローが得られる
他者の心を揺さぶって得る感動もある
心を揺さぶられて得る感動がある一方で、他者の心を揺さぶって結果的に自身が感動を得るというアプローチもあります。ポジティブな声がけや賞賛は、相手のパフォーマンスを向上させます。
仕事でいうなら「褒めて伸ばす」というものでしょうか。結果的に自分自身の達成感も得られ、感謝されることで感動も倍増します。自分にも他人にも常に前向きな姿勢を持つことが、感動を生み出し、ひいてはウェルビーイングへとつながります。
取材・文 松丸まきこ