ウェルチル

人生100年を楽しむためのウェルビーイングメディア

画像

【列島ウェルチル】第1回:佐賀県発!車社会に染まった県民に歩いてもらうためのウォーキングアプリ

ウェルビーイングを推進する取り組みは、自治体が主導するものも多い。「列島ウェルチル」では、そんな日本全国のウェルビーイングな取り組みを紹介していきます。記念すべき第1回目である佐賀県は2019年10月にウォーキングアプリ「SAGATOCO」をリリース。5年で約12万ダウンロードを記録し、ユーザーの歩数もリリース時と比べ約14%増加したといいます。健康福祉部健康福祉政策課の課長を務める陣内清さんに、佐賀県の取り組みを語っていただきました。
――佐賀県民の健康状況を教えてください。

佐賀県は1人当たりの医療費が非常に高い自治体です。2021年の市町村国保のデータでは、1人当たり年齢調整後医療費が全国で1位になっています。さらに、県内では全国的に見ても糖尿病や糖尿病予備群の割合が高い状態が続き、2014年から2017年と2019年の特定健診では全国でワースト1位という結果でした。さらに骨折患者の割合も高く、2017年の患者調査では人口1万人あたり97.09人と、こちらも全国ワースト1位です。骨折した方のデータを詳しく見ると、特に高齢者の転倒による骨折が多いことがわかりました。

高齢者の骨折の背景には、加齢に伴い心身や活力が低下する「フレイル」など、ほかの病気が隠れていることが多いのです。健康維持には日常的な運動が効果的だといわれていますが、糖尿病も高齢者の骨折も同じく運動習慣を持つことが予防につながります。

――糖尿病や骨折が多いのは、運動不足が影響しているのでしょうか?

佐賀県は車社会で、多くの地方自治体と同じように都会で暮らす人と比べると、あまり歩く習慣がありません。中心地から離れるほど公共交通機関も少なく、近くのコンビニにまで車で行くことも日常的です。車に過度に依存した県民の生活を変え、運動を習慣づけてもらうことが私たちの大きな課題でした。

2016年に全国の20歳から64歳の人を対象に行われた調査では、佐賀県民の1日の歩数は男性7283歩、女性6635歩だった一方で、東京都では男性8611歩、女性7250歩でした。東京都民の歩数と比べて佐賀県民の歩数は男性約1300歩、女性では約600歩少なく、データからも佐賀の人は歩いていないことがわかりました。

――さまざまな運動がありますが、「歩く」ことに着目した理由は?

面倒な運動は続きませんから、習慣化しやすい簡単な運動が適していると考えました。歩くことは非常にシンプルな運動で、特別な道具や設備も必要ありません。さらに、歩数で運動量の見える化もでき、数ある運動の中でもモチベーションを保ちやすい運動だと思います。

「佐賀のまちを元気にしたい」という思いも「歩く」ことに着目した理由のひとつです。街の中に目を向けると、行き交う車は多いものの、中心街を歩く人が少なく商店にも活気がないように感じます。歩く人を佐賀県内で増やせれば街角がにぎわうのではないか、といった意見も県庁の中から出ていて、そうした議論もウォーキングアプリの開発につながりました。

2018年度の「肥前さが維新博」では、ウォーキングアプリの活用実験も行いました。肥前さが維新博は、幕末に活躍した佐賀の偉人をテーマに、偉人ゆかりの地を巡ったり歴史を学んだりしながら、街歩きを楽しんでもらう催しです。会場周辺でウォーキングアプリを使って巡るイベントを実施したところ、参加者アンケートの結果が非常に良好だったんです。この取り組みでの成功体験も後押しになり、県として「歩く」ことに本格的に力を入れていこうと、佐賀県独自のウォーキングアプリ「SAGATOCO」を開発することになりました。
――「SAGATOCO」はどのようなアプリですか?

SAGATOCOは歩く、健診を受ける、献血をするなどの健康につながる行動に対してポイントが貯まるスマホアプリです。ウォーキングで貯まるポイントは3000歩で1日4ポイント、4000歩では1日6ポイントと歩数に応じてレートが変わり、1日最大20ポイント貯めることができます。貯まったポイントは県内にある502店の協力店(2024年8月2日時点)で使用でき、飲み物やお菓子などの賞品と引き換えられたり、割引サービスを受けられたりなど、お得な特典を用意いただいています。
SAGATOCOには仲間と一緒でも一人でも、ゲーム感覚で歩ける楽しい仕掛けを詰めこみました。複数のユーザーでチームを組んで、仲間内で競い合ったりグループ対抗ランキングに参加したりといったグループ登録機能があります。
「バーチャルウォーキング」という機能は、毎日の累計歩数をアプリの中にある仮想のウォーキングコースに反映できます。例えば、42.195kmのフルマラソンや、1127.94kmもある佐賀から江戸への参勤交代などユニークなテーマもあり、自分のペースで何日もかけて歩きながら長距離ウォーキングにも挑戦できます。
「スタンプラリー」機能では、佐賀県内のチェックポイントを実際に歩いて回り、スタンプを集めながら街歩きを楽しめます。スクウェア・エニックスのゲーム「ロマンシング サ・ガ」とコラボしたコースや、佐賀県各地の歴史巡り、ご当地グルメの食べ歩きなど、県内の自治体にも協力してもらい、さまざまな観光コースを用意しました。
このアプリの大きな特徴は、「あえて健康を強調しない」プロモーションを行ったことです。健康を過剰にアピールしても、健康づくりに関心が高い層にしか届きません。普段はあまり健康づくりに関心がない人にこそSAGATOCOを使ってほしいと考え、アプリのPRに「健康」というワードをなるべく出さないよう気を配りました。『歩こう。佐賀県。』をキャッチフレーズに、さまざまな動画を配信したり、公共交通機関を利用した外出を勧めたりなど、「健康」以外のメッセージを使ってアプリの活用を呼び掛けています。

そもそもSAGATOCOが生まれた背景には、街中のにぎわい創出や、自家用車から公共交通機関への転換を促すといった、地方創生の考え方があります。私たち健康福祉部と交通政策を所管するセクションが中心となり、全庁横断的な協力体制でアプリを作り育ててきました。2019年10月にSAGATOCOをリリースして4年9か月経ち、現在まで約12万ダウンロードされています。

――県民の反響やアプリの効果はどうでしたか。

SAGATOCOを通じて集まったデータから、ウォーキングアプリが平均歩数を延ばす効果を持つことがわかり、県としても手ごたえを感じています。SAGATOCOユーザーの平均歩数は、リリース開始後の4年間で約14%増えています。運用開始時の2019年10月、全ユーザーの平均歩数は5200歩程度でしたが、2023年10月には全体の平均歩数が約700歩も増えていました。中でも、特に70代のユーザーの平均歩数が約22%と最も増えていたことに良い意味で驚きました。歩く習慣がいったんできると高齢者ほど継続する傾向があり、その後は「もっと歩こう」と歩数が伸びるようです。

さらに、アプリのダウンロード数は50代を中心に伸びていて、私たちの狙い通り働き盛りの人たちにSAGATOCOを活用してもらうことができました。ウォーキングアプリを導入したことで、今までよりも「歩こう」と考える人が佐賀県内に増えてくれたと捉えています。

――アプリのダウンロード数が伸びるきっかけは何でしょう?

これまでSAGATOCOを使って様々なイベントの開催やSNSでの広報を行ってきましたが、ユーザーを対象にアンケートを行ったところ、口コミをきっかけにダウンロードした人が最も多いことがわかりました。今後もユーザーを増やすために、より多方面から口コミを広げてもらおうと、市町にもSAGATOCOの活用を呼び掛けています。

――年配の方にとってはハードルが高い気もしますが、工夫したことはありますか。

県庁の窓口でSAGATOCOのダウンロードを補助する活動もしています。今後は保健所や市町村の窓口でも案内できるよう、マニュアルを作成して配布する予定です。

高齢者を対象にした生涯学習の教育機関「ゆめさが大学」で、県知事自らSAGATOCOのPR活動も行いました。また、担当者が直接出向いてダウンロード方法やアプリの使い方もレクチャーしたこともありました。もともとあったウォーキンググループでウォーキングマップを作られていましたので、その中のいくつかのコースをSAGATOCO内のスタンプラリーに使用したところ大変喜んでいただき、卒業後はウォーキングイベントを開催されるなど交流を続けられているようです。

JR佐賀駅前で開催されたSAGATOCOイベントの様子

――身体の健康だけではなく、社会的な健康づくりにも役立つんですね。

一般的に高齢者は引きこもりがちになりますが、歩く習慣ができると外出の機会は大幅に増えます。アプリを通じて仲間と交流したり夫婦で歩いたりと、自分なりの楽しみ方を見つけたという声もありました。離れて住む家族や友人に会いに行くきっかけにもなるため、高齢者の社会的な孤立解消や生きがいづくりにも役立つと考えています。

――今後の目標を教えてください。

SAGATOCOの良さをもっと多くの佐賀県民に知ってほしいです。30万ダウンロードを目指してさらに頑張っていきたいと考えています。

今後は、環境部門が取り組むCO2削減運動や、交通政策部門が開発を進めているMaaSアプリとの連携も行う予定です。公共交通機関と徒歩移動の効率的な組み合わせを提案することで、時間や費用を節約できる上に健康にも良く、環境にも優しいといった、たくさんの価値を提供したいと考えています。こうした取り組みでSAGATOCOを認知するきっかけを増やし、より多くの県民に、このアプリが届くことで、より健康的でウェルビーイングな生活が実現することを期待しています。

佐賀県健康福祉部健康福祉政策課 陣内清氏