人生100年時代を迎え、定年後の健康維持や社会との関わり方が問われています。そうした中、選択肢の1つとして注目されているのが、「eスポーツ」です。「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ(Electronic Sports)」の略称で、コンピューターゲームやビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉えるものです。2000年頃から、ゲームの対戦や大会を表す言葉として使われはじめ、現在では、動画配信プラットフォームで多くの観客を楽しませるコンテンツとして盛り上がりを見せています。
シニア世代にとって、ゲームはどのような効果をもたらすのでしょうか。スポーツマネジメントの専門家である國學院大學教授・備前嘉文さんに、eスポーツがシニアにもたらす学術的なメリットについてお話を伺いました。
観戦を通じて気分転換! eスポーツがもたらす「感情」と「双方向性」
——eスポーツを「観る」ことには、どのような心理的・社会的効果があるのでしょうか。
近年の研究では、eスポーツ観戦が、サッカーや野球といった一般的なスポーツ観戦とほぼ同じ感情をもたらすことが明らかになっています。プレーヤーの卓越した技術に感動したり、贔屓のチームを応援して盛り上がったりすることで、気分転換や日常のストレスから距離を置くといった心理的効果が得られます。Jリーグ発足時に若者だった世代が定年を迎える年齢になったこともあり、シニア層にもスポーツの応援文化は思いのほか根付いている印象です。
——従来のスポーツ観戦とは、どのような違いがあるのですか。
最大の特徴は「双方向性」です。従来のスポーツ配信は、主催者からの一方向の発信が中心です。一方でeスポーツは個人配信も多く、コメント機能を通じて配信者や他の視聴者とリアルタイムで交流できます。他者とのやり取りによる共感こそが、視聴体験をより豊かなものにします。
——シニアにとってのeスポーツ観戦の意義をどうお考えですか。
eスポーツが今後さらに普及していくと、他のスポーツと同様に、eスポーツでも好きな選手を応援する「推し活」も広まってくるのではないでしょうか。直接スタジアムへ足を運ぶのが難しい場合でも、自宅のPCやスマホから推しのプレイヤーを応援し、多くの人と熱狂や感動を共有できる点は、孤独感の軽減にも寄与すると考えられます。
——男女での楽しみ方の違いなどはありますか。
論文によれば、性別によって楽しみ方に傾向の違いがあることが示唆されています。
個人差はあるものの、男性は勝敗に注目して楽しみ、女性は周囲と一体感を持って応援を楽しむ傾向があると言われています。
「自分にもできそう」という期待感。身体的な制約なく自信を育める
——自らプレイすることのメリットは何でしょうか。
eスポーツの大きな利点は、一般的なスポーツと比較して物理的なハードルが低い点です。例えば、陸上などのマスターズ大会を目指すには相当な肉体的トレーニングが必要です。一方で、eスポーツは筋力が衰えてきても、努力次第で若い世代と同じフィールドで戦える可能性があります。また、eスポーツは室内で行うため、熱中症予防の観点からもメリットがあります。実際に、ある学校では夏場の球技大会にeスポーツ部門を設けたところ、熱中症の症状を訴える生徒が大幅に減ったという事例もあります。
——「自分でもできる」という感覚は、どのような影響を与えますか。
自分と同年代のシニアのプレーヤーが活躍する姿を見ることで、「自分にもできそう」という期待感が生まれます。「自分はまだできる」という感覚は、自己肯定感や自信に直結します。
——高齢者向けのエンターテインメントとして適しているのですね。
はい。eスポーツは激しく走るような運動をするわけではないため、まさに高齢者向けのエンターテインメントと言えます。目標を持ってトレーニングに励み、技術を向上させるプロセスそのものが、シニア世代の生活意欲を高めることにつながると考えられます。
退職後の孤独を防ぐ「居場所」、ゲームは孫との会話が弾む有力な手段
——「孤独」という課題に対し、eスポーツはどのような役割を果たしますか。
退職すると、会社とのつながりは少なくなります。一方で、仕事をしている間は地域の活動に参加する機会が限られているため、地域とのつながりも十分に築けていないことがあります。その結果、退職後に外出や人との交流を始めようと思っても、なかなか積極的に行動できない人が少なくありません。eスポーツは、オンラインでのコミュニケーションを促し、新たなコミュニティづくりにもつながります。そこからオフラインの交流会などで実際に他者と会うという新たな社会参加の形も生まれるでしょう。
——世代間の交流についても、期待できる効果はありますか。
マタギスナイパーズのスローガンにある「孫に尊敬される」という視点は象徴的です。
eスポーツは、孫世代などの下の世代と共通の話題を持てる数少ないツールになり、多世代交流の強力なきっかけとなります。
——地域活性化の観点ではいかがでしょうか。
地方では、プロスポーツなどで使用する新たなスタジアムやアリーナの建設に莫大な費用がかかることが、しばしば問題となっています。eスポーツなら、家庭用ゲーム機やPCがあればどこでもコミュニティを形成できます。少子高齢化が進む地域においては、eスポーツを通じて多くの人が交流することは、地域の活性化やコミュニティづくりの面でも大きな意義があります。マタギスナイパーズのように地域を拠点として活動するチームは、地域住民同士が交流する機会を生み出すとともに、郷土愛を育む存在となることが期待されます。
家族とのコミュニケーションツールとしてゲームを楽しもう
——eスポーツを始めるにあたって、注意すべき点はありますか。
最も重要なのは「節度」の問題です。WHO(世界保健機関)でもゲーム障害のリスクが指摘されている通り、やりすぎには注意が必要です。健康的な生活を維持するためにも、プレイ時間を決めるなど、自分なりに管理して楽しむことが前提となります。
——最後に、eスポーツに興味を抱いているのにもかかわらず、一歩踏み出せない方へアドバイスをお願いします。
「ゲーム=悪」という古い固定観念を捨て、エンターテインメントやコミュニケーションツールといった身近なものとして捉えてみてください。例えば、お正月に親族や家族が集まり、トランプやボードゲームを囲んで楽しい時間を過ごした経験がある方も多いのではないでしょうか。eスポーツも同様に、家族や友人、さらには世代を超えた人たちが一緒に楽しむことで、自然な会話や交流が生まれるきっかけになります。また、eスポーツにはさまざまなジャンルのゲームがあります。プレイするだけでなく、「見る」ことも楽しみ方の一つです。まずは、自分が「面白そう」「応援したい」と思える“推しゲーム”を見つけるところから始めてみてはいかがでしょうか。
備前教授のお話から、eスポーツは単なる「遊び」ではなく、シニア世代の認知機能や生活意欲を支え、孤独を防ぐための有力なツールになり得ると感じました。身体的な制約を受けにくいため、「自分にもできる」という自信を取り戻し、世代を超えて熱狂を共有できる点も興味深いです。オンラインでの交流や、お孫さんと同じ画面を見て笑い合う時間は、人生100年時代をより豊かに彩る「新しい生きがい」の形となるはずです。
取材・執筆/宅野美穂
備前 嘉文(びぜんよしふみ)氏
2009年3月早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了(博士・スポーツ科学)。 2016年4月~國學院大學 人間開発学部 健康体育学科(現在、教授)。同大学においてスポーツマネジメント/スポーツマーケティングの研究を行う。2025年7月~日本スポーツマネジメント学会理事・編集委員会委員長。著書に「スポーツ白書~スポーツが目指すべき未来~」(笹川スポーツ財団)など。現在、持続可能なスポーツイベントの運営や、eスポーツのプレイが人々の楽しみに及ぼす影響など、スポーツマーケティングに関する多様な研究に取り組んでいる。
まとめ
・スポーツ観戦さながらの興奮と感動を味わえるのがeスポーツ観戦。
・コメントやチャットを通じて、全国の人とリアルタイムで熱狂を共有できる。
・「見るだけ」から始められ、「自分でもやってみたい」と思えるのも魅力。
・観戦をきっかけに、人とのつながりが生まれ、新しいコミュニティへの参加にもつながる。