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1本の日本酒が全く違う4種類の味に! 魔法みたいな熱燗を体験/西荻窪「善知鳥」(vol.2)

「一度呑んだら、もう他のお酒を呑めなくなるくらいにハマる」「まるで魔法」と噂が噂を呼ぶ熱燗がここ、東京・西荻窪の「善知鳥(うとう)」にある。熱燗名手の店主・今悟さんがお酒の個性を活かしながら丁寧に作る熱燗を、ついにいただく。
まずは冷酒と燗酒の飲み比べから。
【1杯目】
お酒    「喜久酔」
呑み方   … 冷酒
ツマミ 「ニシンの切り込みと山芋の汁物(お通し)」
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まずは、お通しが汁物なことに驚いた。シメで出てきてもおかしくないような汁物だが、これがなんとも一発目のツマミにふさわしいコクうまな味。最初に汁物を持ってくる意外性は、『お酒にルールはなく、自由だ』と言う今さんらしいチョイスだと思った。
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汁物は特に味付けはしておらず、ニシンの切り込みをそのまま山芋と煮ただけのシンプルなもの。といっても、ニシンの切り込みは「善知鳥」の名物のひとつでもあり、約3週間ほどかけて仕込んでいる。ニシンの切り込みは旨味と塩味がギュッと詰まっていて、汁なのにどんどんお酒が進んでしまう。「汁で呑める」と言い始めたらおしまいだが、呑めるのだから仕方がない。汁物のホッとする温かさに、冷酒がしみる。
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【2杯目】
お酒  「喜久酔」
呑み方 … 熱燗
ツマミ 「ニシンの切り込みと山芋の汁物(お通し)」
これを今度は熱燗にしてもらう。温度は通常55度前後のことが多いが、「善知鳥」の熱燗は82度~84度とかなり高め。お米を炊くかのように温度を上げたほうが香りが立つとのことだ。
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左が燗酒、右が冷酒

呑んでみると……
これは……! お米だ……!!!
なんということでしょう! 炊き立てご飯が目の前にある……!!!
旅館の朝ごはんで出てくる、おひつを開けたときの、あの感じ……! あれが今、目の前にある!!!!
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ちなみに、82度まで上がったかどうかは、沸かしているときの音でわかるらしい。どんな音なのか聞いてみたが、とても文字では再現できない上に、できたとしてもそれがどのタイミングで鳴っている音なのか何もわからなかった。この道ひとすじ25年の職人、おそるべし。
【3杯目】
お酒  「群馬泉」
呑み方  … 冷酒
ツマミ 「天然の川海苔」
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続いては本醸造のお酒を冷酒、燗酒で飲み比べ。「群馬泉」は、今さんが日本一おいしいと思っている本醸造だそうだ。
天然の川海苔については、今さんが20年以上かかってようやく「これだ!」と思えるものに出会えた逸品。見た目はシソのようだが、食べるとちゃんと海苔。川海苔の味は非常に濃く、本醸造のしっかり強めの味によく合っている。川海苔のほどよい塩分のおかげで、お酒が吸い込むようになくなっていく。
【4杯目】
お酒  「群馬泉」
呑み方  … 熱燗
ツマミ 「天然の川海苔」
こちらを熱燗にしたものは、冷酒よりも幾分か飲みやすい。たとえるなら、トゲトゲしていた個性の強い「群馬泉」くんが、今さんの手ほどきにより、いくばくかの優しさを覚えた、といったところだろうか。
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今さんは徳利を振って攪拌して温度のムラをなくして作っているのだが、これは草津温泉の湯もみがヒントになったらしい。『草津温泉も、湯もみをして温度のムラをなくして、お湯を柔らかくしているでしょう。これを日本酒でやってみたらどうなるんだろう、って思ってやってみたんだよね』と今さん。さらっと言うけど、温泉のお湯の柔らかさを日本酒に応用できるなんて発想、そうそうできる人はいないって!
【5杯目】
お酒  「燗純米」
呑み方  … 熱燗(もみじ漬けに合わせた味に)
ツマミ 「もみじ漬け」
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ここからは「燗純米」というお酒を、様々な方法で熱燗にしてもらう。まずはツマミのもみじ漬けに合わせたものを。これはかなり優等生な味、という第一印象だ。強くトガった部分がひとつもなく、非常にキレイな味。ツマミの邪魔をせず、そこそこの存在感もあり、お行儀のいいお酒だ。
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お酒に合わせるのは2週間かけて仕込んだもみじ漬け。米麹と塩に、はちみつで甘さを加えているらしい。甘じょっぱく、全体的にまろやかな空気をまとっているのは、はちみつゆえか。あまりのおいしさに、どんぶり一杯分を瓶詰めにして持ち帰りたい。
【6杯目】
お酒  「燗純米」
呑み方  … 熱燗(酸味を出した味に)
ツマミ 「もみじ漬け」
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次は先ほどとまったく同じ「燗純米」を斜めに振って、酸味を出す。どれくらいの回数振ればベストなのかはお酒の種類によって違うため、何回とはっきりは言えない。
『これくらいかな?』と今さんが振りつつ味見をしながら出してくれた「燗純米」(斜めバージョン)は、ちょっと信じられないくらいに味が変わっていた……。ちゃんと酸っぱい。まったく同じお酒なのに、なぜ……。見てない隙にレモン汁でも入れたかと思うくらいに違う。これ、目隠しをして呑んだら、同じお酒だとは誰もわからないと思う。誰もが「映す価値無し」になるんじゃないか。GACKTでも判別できるか怪しい。

これは作る際に振る中で、斜めに振ってみたら味は変わるのか、と試してみたことで、酸っぱくなることを発見したとのこと。今さんの天才的な熱燗の数々は、好奇心の赴くままに日本酒で遊んできたことで生まれたのだろう。
【7杯目】
お酒  「燗純米」
呑み方  … そのまま熱燗に
ツマミ 「手作り豆腐」
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ついに7杯目。呑みすぎとか言わないでほしい。どれもこれも呑みやすく、スルスルと口の中で溶けていくから仕方ないのだ。
これは「燗純米」を振らずにそのまま熱燗にしたもの。つまり、振って空気を入れていない。
これは……!
トゲだらけだ!!!!
アルコールが突き刺すような味がする。5杯目で「『燗純米』は優等生なお酒なんですね」と言ったが、あれはあくまでも今さんが「優等生にした」だけだったのだ。本当に全然違う。なんだこれ。学年トップの学級委員長が、クラブ通いの金髪ギャルになったような変わりようだ。

これに合わせるツマミは「善知鳥」で大人気の手作り豆腐。予約時に取り置きしておかないとなくなってしまうこともある。今さんがお気に入りの豆腐屋さんに行った際、豆が売られているのを発見。それを買って自分で豆腐を作ってみたところ、店の看板メニューになるくらい抜群においしい豆腐が完成したとのこと。小さい鍋で作っているため、味も凝縮されて濃厚になるらしい。
この濃厚なまろやかさ、かなりトガった味のする「燗純米」(振ってないバージョン)と合わせるにはピッタリだ。
【8杯目】
お酒  「燗純米」
呑み方  … 茶筅でかき混ぜる
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シメの1杯として作ってくれたのは、茶筅でお茶を立てるかのごとく日本酒を混ぜたもの。「燗純米」だけを使った熱燗、実に4種類目となる。茶筅を使うのは「善知鳥」おなじみのびっくりパフォーマンスだとは事前情報として聞いていたが、実際に目の当たりにすると本当に面白い。なにこれ。おもむろにシャカシャカシャカっとやって、ハイと出してくれるそれは、器も泡立ちもお抹茶のようだけど、れっきとしたお酒だ。
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少しカドを取りたいくらいならば2~3秒で充分だが、違いをわかりやすくするために7~8秒混ぜてくれた。
これがもう、柔らかく、ふんわりと、トゲが一切ない姿に様変わりしていた。さっきまであんなにトガっていたのに、嘘でしょう……。これが同じお酒だなんて、もう何も信じられない。
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こちらの方法は茶道から着想を得ており、苦いお抹茶が飲みやすくなる原理で、日本酒も茶筅で立てればまろやかになるのではないか、とやってみたら大当たりだったという。

今、家にあるお酒を熱燗にして徳利で振ってみたらどんな味になるのだろう。この冬、家時間にやってみようと夢が広がると同時に、何回振ればベストなのかと不安もよぎる。でも、『自分の好きな味を信じてやってみればいいんですよ。自分の舌で感じ取るのが一番大事です』、今さんならきっとこう言うだろう。熱燗は自由だ。

取材・文/朝井麻由美