命を懸けて何かに熱中している人は、幸せで充実した日々を送っているといえます。そんな熱中ピープルに、人生を楽しむ秘訣をインタビューするこのコーナー。今回、ご登場いただくのは株式会社博報堂のシンクタンク「100年生活者研究所」所長の大高香世さんと副所長の田中卓さんです。同研究所は昨年、タカラトミーと共同開発した「100年人生ゲーム」を発売。開発の経緯やゲームの「熱中!」ポイントについて、研究所の取り組みも含めて伺いました。
人生100年を前向きに、100年生活者研究所が目指すウェルビーイング
―「100年生活者研究所」についてお聞かせください。
大高 100年生活者研究所は、「人生100年時代のウェルビーイング」を研究する目的で立ち上げられたシンクタンクです。活動内容としては、まず東京・巣鴨で水木金の12時から17時まで「100年生活カフェかたりば」を営業しています。
情報発信にも力を入れています。週1回、公式サイトで「読んだら人生100年が楽しみになる」記事を配信。研究員は「100年生活×〇〇」をテーマに、人生100年と「マンガ」や「ぬい活」など各々の興味分野を結びつけて記事を執筆しています。また、この後紹介する「100年人生ゲーム」のように、企業とコラボして100年時代をより豊かに過ごすための活動も展開しています。今後、チャレンジしていきたいのは「100年人生のまちづくり」です。高齢化が進む地方都市を中心に、自治体と組んで「後半生におけるウェルビーイング」について考える取り組みを行いたいと考えています。
―「100年生活者研究所」を立ち上げた経緯について教えてください。
大高 100年生活者研究所は2023年3月20日の国際幸福デーに設立しました。日本は世界一の長寿国で、平均寿命が最も長く、65歳以上の人口が全体の約3割を占めています。しかし、私どもの調査において日本人に「100歳まで生きたいですか?」と質問すると、「はい」と答えた人はわずか3割以下。7割以上の人が「いいえ」と答えています。他の国々では半数以上の人が「はい」と答えているにもかかわらず、日本は「いいえ」の方が多い結果となりました。
「なぜここまで違いがあるのか」を考えて調査を進めるうちに、日本人は年を重ねることの良い面にあまり目を向けていないと分かってきました。現在は、医療が発達したこともあり誰もが長生きできる時代です。それであれば、「前向きに楽しく生きられたほうが良いのではないか」と考えて研究所を立ち上げました。
巣鴨のカフェでお客さまから聞く、人生100年時代に対する生の声
―「100年生活カフェかたりば」がオープンした経緯について教えてください。
大高 研究所の活動を通じて、私たちは幸せのあり方は人それぞれである点に気付きました。この気付きから、定量調査による数字だけではウェルビーイングの真の姿は見えてこないと思い、100歳近くまで生きている人たちの話を徹底的に聞こうと決意。継続的かつリラックスした状態で話を聞ける場をつくろうと考えて、「お年寄りの原宿」として知られる巣鴨にカフェをオープンしました。
―「100年生活カフェかたりば」では、どのような活動をしているのですか?
大高 まず、カフェに常駐している研究員が、お客さまに「お話を聞かせていただけますか」と声をかけます。そして、「人生100年時代と言われていますが、100歳まで生きたいですか?」と質問。その後は、お客さまの日常生活について話を聞いています。多くのお客さまは、「かたりば」が研究機関のカフェとは知りません。このため、私たちの活動の目的をお伝えし、ご了承いただいたのうえで話を聞いています。
―カフェに来店するお客さまは、どのような方ですか?
大高 高校生から90代の方まで、幅広い年齢層のお客さまが来店します。近隣に住む子育て世代の方や商店街の方も来ます。お客さまに活動内容を話すと「シニアの研究をしているのですか?」と聞かれるのですが、そうではありません。年齢に関係なく、誰もが迎えるであろう人生100年のウェルビーイングについて研究しています。だからこそ、高校生や現役世代の若い人たちの意見も大切にしています。
長生きのポジティブな面を伝えたい、ゲームを通して100年人生を疑似体験
―「100年人生ゲーム」は、どのようなゲームですか?
田中 幸福を点数化した「ウェルビーイングポイント」を集めながらゴールの「100歳の誕生日」を目指すことで、幸せな100年人生を疑似体験できるボードゲームです。最も多くのウェルビーイングポイントを集めた人が勝利。15歳以上が対象で、通常の人生ゲームの盤の上に拡張ボードを重ねて遊びます。ゲームの中では、各年代でさまざまな出来ごとが起こります。「かたりば」で聞いた実際のエピソードを参考に、誰もが共感できる内容と人によって感じ方が違う内容の両方を入れ込んでいます。
―ゲームの開発経緯についてお聞かせください。
田中 研究所を立ち上げた際、研究員でアイデア出しのワークショップを開催。約100個のアイデアが集まり、その中に「100年人生ゲーム」がありました。私たちの調査によると、長生きに対して前向きな人ほど、100年人生のポジティブな面を見せる傾向にあります。そこで思いついたのが、人生ゲームのマス目に「かたりば」のお客さまから聞いたりアンケートで集めた「幸せな体験」を取り入れて、ゲームを通じて100年人生のポジティブな面を知ってもらうことでした。「100年人生ゲーム」が充実した100年人生を送るための課題解決に繋がると思い、タカラトミーさんに提案。制作・販売に至りました。
―ゲームを開発する際のこだわりポイントは何ですか?
田中 「価値観カード」です。価値観カードは、「人それぞれ幸せの感じ方が違う」という視点で作成。ゲームの中で同じ出来ごとを経験しても、手持ちの価値観カードによって得られるウェルビーイングポイントが変わります。価値観カードはゲーム内では2回、手にいれる機会があります。1回目は20歳の時で、ランダムにカードを選びます。実際に20歳くらいですと、生活環境によって価値観が決まることも多いですし、自分に近い価値観ではなく、異なる価値観を体験するのも新しい幸せを発見するのに有効だと考えて、20歳ではランダム形式で価値観カードを選ぶことにしました。2回目は60歳です。60歳ではそれまでの生きてきた自分の人生経験で価値観が定まっていると考えはず、プレイヤーが内容を見たうえで価値観カードを選ぶようにしました。「100年人生ゲーム」を通して楽しみながら100年人生のポジティブな面の学びをリアルに体験できるように、細かくルール設定をしました。
ウェルビーイングな社会の実現に向けて、「100年人生ゲーム」の役割とは
(右から)「100年生活者研究所」大高香世所長・田中卓副所長
―「100年人生ゲーム」を実際にプレイした方からは、どのような声がありますか?
田中 率直に「楽しい」という感想が多いです。ゲームを通じてさまざまな幸せに触れて、「人生にはこんな可能性があるんだ」という発見もできておもしろいと好評です。「100年人生ゲーム」をプレイしたことで「長生きすることが楽しみになった」との声もありました。
大高 私が印象的だったのは、大学生と一緒にプレイした時のことです。「100年人生ゲーム」では、10マス目で20歳の誕生日が来ます。その大学生は、「20歳が人生のたった10マスだと思うと人生は長い。20歳で精一杯生きてきたと思っていましたが、これから良いことも含めていろいろなことが待っているんですね」と感慨深げでした。また、ゲーム内では、60歳を超えてもスキルカードが手に入ります。「60歳で人生は余生に入る」と思っていた人は、そこで「まだ成長できるんだ」と気付きます。プレイヤーそれぞれが自分なりの気付きを得られる点が、「100年人生ゲーム」のおもしろさだと感じています。
―「100年人生ゲーム」の今後について、どのような展開をお考えですか?
田中 今後の展開については、タカラトミーさんと相談しながら決めていく予定です。このゲームを作った大きな目的は、日本人の100年人生に対する捉え方を前向きにすること。今は多くの人が100年を生きることに不安を感じていますが、私たちは「長く生きることって素敵だな」「これから楽しいことがありそうだな」と思える社会にしていきたいと考えています。
幸せな人生を送るためには、自分にとっての幸せを理解することが大切です。人は、年齢とともに幸せの形が変わります。「今の自分は何に幸せを感じるのか」をよく考えて、それに合わせて生活を見直すことも必要だと思います。幸せに対する気づきを得るために、「100年人生ゲーム」を活用してもらえたら嬉しいです。
―100年生活者研究所として、実現したいことは何ですか?
大高 産官学連携を強化したいとの思いがあります。1つの組織だけではできることが限られているので、各々の得意分野を活かして大きな活動ができる体制を作りたいです。「かたりば」の活動を他の地域に広めていくことも考えています。私たちは、日々ウェルビーイングについて考えています。「かたりば」で多くのお客さまと話す中で感じたのが「感謝力」です。「何にでも感謝できる人は人生の幸福度が高い」というのが、お客さまに共通している要素だと気付きました。自分が生きていることや今の状態を当たり前と思わずに感謝できることは、幸福を高める大切なポイントです。もし、「最近、調子が悪いな」と感じたら、「ありがとう」と口に出してみると良いかもしれないですね。