関西の駅前や街なかで親しまれている「都そば」は、日本初の立ち食いそばチェーン店として、1962年に誕生したそば屋です。
その4代目を担うのが、代表取締役の渡邉ゆかさんです。大学院で医療系の研究をしていた渡邉さんが家業に入ったのは、26歳のとき。幼い頃に憧れた祖父の会社を「もっとお客様に喜ばれるお店にしたい」という想いから、経営に飛び込みました。
家業を継いだ経緯やスタッフと進める店づくり、そして、これからの都そばについて伺いました。
大学院での研究から都そばの4代目へ
――昔から「家業を継ごう」と決めておられたのでしょうか。
入社前までは、大学院で医療系の研究をしていました。研究もすごく楽しかったのですが、これからどう生きていきたいのか、自分がやりたいことは何だろうかと考えたときに、「都そばを継いで、今よりたくさんの人に楽しんでもらいたい」と思ったんです。
幼稚園や小学校の低学年ぐらいの頃に、祖父が作った会社を「かっこいいな」と思っていました。父に「将来、私もやってみたい」と言ったことがありましたが、「やめておいた方がいい」と言われたことを覚えています。
しかし、大人になって改めて真剣に考えてみると、やはり家業を継ぐことを諦められませんでした。
都そばには、昭和らしさやアナログな部分が残っています。必要な改善を加えればもっと良いお店にできるのではないか。時代が変わっても、手軽に素早く食事ができるお店はお客様に喜ばれるのではないか。そんな思いが、ふと出てきたんです。
――以前はお父様に家業を継ぐことを反対されたとのことでしたが、渡邉さんの決断をどのように受け止められましたか。
客単価が低く、利益を出すのが簡単な業態ではないため、父はどちらかというと反対だったようですが、私が「どうしてもやりたい」と伝えると、最後には「やりたいなら、自分もサポートする」と言ってくれました。
祖父は数年前に亡くなったので、顔を見て「都そばに入社したよ」と伝えることはできませんでしたが、会長である父のほか、叔父にあたる前任の代表に仕事を教えてもらっています。
会長から従業員まで、全員が協力して都そばを良くしていく
――たくさんの店舗を、どのような体制で運営されているのでしょうか。
2026年11月現在、都そばは32店舗を展開していますが、社員は事務担当が3人、営業として店舗を見ている担当が3人という小さな会社です。
祖父が作り、父が継ぎ、その後は私の叔父が社長を務めていました。家族で続けてきた会社だからこそできることもたくさんあると思っています。
月に1回、本社で会議をしてメニュー開発などを行っています。会長の父も東京から来て、私と営業のメンバー、コンサルタントの方なども一緒に考えるんです。
過去に出した商品をよりおいしくなるようにリメイクすることもあれば、新しくアイデアを出し、実際に作って試食することもあります。
――若い世代で、かつ女性の経営者を、社員の方はどのように受け止めておられるのでしょうか。
新参者が入ってきて、どう思われるだろうという不安もありましたが、忘れていることを教えてくれたり、助けてくれたりととても優しく受け入れてもらいました。
若い世代、女性としての視点も、「確かに今なら、それでいけそうだよね」と前向きに受け止めて協力してくれています。以前は、経営層が考えたことを主任たちに伝えて、現場の方が実行するという流れでしたが、今は「みんなで一緒にやる」という感じに変わってきています。
また、コロナ禍で売り上げが落ち込んで、今でもコロナ以前の水準に戻せていないのが現状です。全員が「新しいことをしなければ」という気持ちを共有していることもあり、これまでとは違う取り組みも、前向きに受け止めてくれています。
これまで経営層になかなか言えなかった意見も、出てくるようになりました。社員のお子さんが大学生だったりすると、「娘に聞いてみるよ」「息子はこう言っていたよ」などと、若い世代の声や自分の意見を持ち寄ってくれることもあります。
私は東京出身なので、関西で暮らす方とは感覚が違うところもあると思います。実際にこの地域で暮らしている若い人の声を聞けるのは、ありがたいですね。
地域特性に合わせた運営や、経営者の思いを発信することにも力を入れる
――ポスターやチラシなども作られているのだとか。大変なことも楽しんでおられるように感じます。
デザインを習ったことはありませんが、YouTubeやInstagramの情報を参考にしたり、配色の本で「この色の組み合わせなら目立つ」「この色なら落ち着いた雰囲気になる」などと勉強したりしながら、作ってみています。
夜遅くまで仕事をすることもありますが、お客様により分かりやすく伝えられるよう、来店してくださる方が増えるようにと願いながら、楽しく取り組んでいます。
――新しい世代になって、別ブランドや別業態などへの挑戦などもお考えですか。
これまでに、カフェなど別の業態をやったこともありますが、今は新業態を始めることよりもまず、都そばをしっかり育てて、店舗数を増やすことを目標にしています。
そのためにも、社長としての考え方をお客様に伝えることも大切だと考えています。これまでにも、テレビで店舗を紹介していただくことはありましたが、経営者の思いまでお伝えする機会はあまりなかったので、少しずつ取り組んでいるところです。
大阪の「麺文化」を盛り上げたいという想いで競合他社との協力も
――他の立ち食いそばチェーンともテレビ番組で共演されたそうですね。
はい。競合のそば屋さんとご一緒しました。「大阪の麺文化を盛り上げたい」という気持ちがあり、競合他社さまと一緒に何かできないかとお話ししたところ、番組で取り上げていただけたんです。
今後、イベントなどに参加できる機会があれば、そういう場にも出ていきたいですね。
――若い世代にも、もっと知ってもらいたいという思いがあるそうですね。
40~50代以上の方は「都そば」という名前をご存じかもしれませんが、10代や20代の方となると、「駅前にあるのは知っているけれど、入ったことはない」「そもそもあまり知らない」という方が多く、認知度が高いとは言えません。
おいしいものを、安く提供することには自信があります。若い方にも、素早く食事をし、浮いた時間やお金を有効に活用していただきたいと思っています。
昔ながらの良さを残しながら今の時代に合わせた店づくり
――これから、お店をどのように変えていきたいですか?
現在、クレジットカードやQRコード決済などが使えるお店は、32店舗のうち8店舗ということで、まずは、キャッシュレス決済を整備していこうとしています。
今は幅広い世代の方がキャッシュレスで支払う時代なので、そこは合わせていかなければと思っています。ただ、全店舗に機械を入れるには費用もかかるので、まずQRコード決済から始めるなど、段階を踏んで進めています。
――お店の雰囲気作りについてはいかがでしょうか。
昔ながらのデザインは残しつつ、老朽化しているところはきちんと整えていきたいと思っています。「レトロ」と「古くて汚れている」は違いますから。
若い方や観光客の方にも、「昔からある感じでおもしろいね」と入っていただけるようなお店にしたいですね。全盛期は60店舗ありましたので、それを目指して頑張っていきたいと思います。
忙しい女性にこそ気軽に。スタッフとのちょっとした会話で元気になってほしい
――「女性一人では入りづらい」と感じる方に伝えたいことはありますか。
初めての方にとって、「入りづらい」という印象があるのはわかります。でも、一度入っていただくと、安く、素早くおいしいものを食べられるとわかっていただけると思います。また、「頑張ってきてね」「今日も来てくれてありがとうね」などと、スタッフとの会話で元気になってもらえるとうれしいですね。
スタッフには、「アットホームな店を目指してほしい」と伝えているところです。
――ちょっとした声がけで元気になれるものですよね。
今はパソコンやスマートフォンと向き合う時間が多い時代ですから、人と話すことも大事だと感じているんです。
忙しい方にも、都そばに来ておいしいものを手軽に食べていただき、コミュニケーションを通じて、「さあ、もうひと踏ん張り頑張ろう」と元気になってもらいたいと願っています。
毎月8日は「都そばの日」。お客様に喜んでもらえるよう200円引きで提供することに
――お客様のことを第一に考えていろいろな取り組みをされているそうですね。
以前から「天かすを置いてほしい」という声をいただいていたので、一部の店舗から始めています。
また、2026年5月からは毎月8日を「都そばの日」と決め、そばやうどんを200円引きで提供する取り組みも始めました。
毎日とはいきませんが、せめて月に1日だけでもより安くご提供して、お客様に喜んでいただきたいと思ったんです。
――なぜ「8日」を選ばれたのですか。
「みやこ」を数字にすると、「み」が3、「や」が8、「こ」が5と考えられますよね。でも、3日だとお正月の三が日やゴールデンウィークと重なり、お休みで提供できない月が出てしまいます。
8日なら、基本的に12か月を通して、お客様に安く食べていただける日を設けられると思いました。「8」は縁起のいい数字ということもありますが、一番は、毎月きちんとご提供できることを考えて決めました。
――この先、都そばを長く継承していくために大切にしたいことを教えてください。
経営を学んでいないからこそ、経営者の視点より、お客様の立場から考えやすいのかもしれません。
とはいえ赤字になってはいけないので、そこは考えなければいけませんが、お客様の目線から考えるという姿勢で続けていけたらと思っています。
取材を終えて
温かい食事を安く、手軽にいただき、スタッフの一声に元気をもらって仕事や自分の時間へと戻っていく。渡邉さんのお話を伺って、都そばでの一杯が忙しい人々の毎日を支えているのだと感じました。
知らない分野を学ぶことを楽しみ、社員の声も、お客様の声も店づくりに生かしている渡邉さん。昔ながらの親しみやすさを残しながらも、現代の生活スタイルに合うお店へと進化している都そばに、また立ち寄ってみたくなりました。
番組「ウェルチル 私と誰かに、ちょっといいこと」
関西テレビ放送
木曜よる10時54分放送(関西ローカル)
次回もお楽しみに。