命を懸けて 何かに熱中している人は、幸せで充実した日々を送っているといいえます。そんな熱中ピープルに、人生を楽しむ秘訣をインタビューするこのコーナー。今回は、「“高齢者だから”という理由で賃貸物件への入居を断る」。そんな不動産業界の常識を変え、風穴を開けようと奮闘しているR65不動産の山本遼さんです。高齢者が安心して住まいを選べるよう、不動産の可能性に「熱中!」した取り組みについてお話を伺いました。
「高齢者だから」という理由で門前払い。不動産会社勤務時代の経験が起業の原点に
―R65不動産設立のきっかけを教えてください。
以前勤めていた不動産会社に、80代の女性が訪ねて来られたのがきっかけです。その方は4社の不動産会社を回られた後、5社目として当社に来られたのですが、「どこも家賃を聞かれる前に断られた」とおっしゃいました。その女性は、住まいの近くに飲食店を営む50代の家族がおり、本人もそこでアルバイトをしていたため健康で収入もある方でした。一見、条件が整っていると感じますが、年齢のハードルによりお部屋が見つからなかったんです。
―その時、山本さんはどのように感じましたか。
衝撃だったのは、私自身の中に「高齢者は断るのが当たり前」という先入観があったことですね。当時の不動産業界では高齢者に部屋を貸す前例はなく、難しい状況でした。しかし、目の前のお客さまの切実な状況を目の当たりにして、「これは何とかしなければ」と考えるようになり、起業しました。
65歳以上の方すべてを対象としているため、あえてシンプルに「R65」と命名
―高齢者にとって、賃貸ニーズは実際にどの程度あるのでしょうか。
現在65歳以上の方で賃貸住宅にお住まいの方は、約400万世帯います。これは大学生の291万人を大きく上回っている数字です。つまり、大学生向けの賃貸よりも高齢者向けの賃貸の方が約2倍ほどのマーケットが存在しているといえます。
―高齢者の方が住み替えを検討するケースは具体的にどのようなケースがあるのでしょうか。
例えば、先ほどご紹介した80代の女性の場合、従来の住まいは駅までの道のりが坂道であり、将来を考えて平坦な場所へのお引っ越しを希望していました。他にも、家族の近くに住みたい、賃貸で住んでいた建物が老朽化で建て壊しになるなど、さまざまなケースがございます。
また、持ち家を所有している方でも、建て替えや売却を機に賃貸への住み替えを選択する方もいらっしゃいます。
―地方でも賃貸需要はあるのでしょうか。個人的に、地方は持ち家率が高そうな気がします。
確かに地方の持ち家率は9割程度あり、都市部の6割と比べると高い傾向です。しかし国土交通省の調査によると、2015年から2020年の間に賃貸に住み替えた高齢者の約3割は、持ち家を所有していた方々であるデータもございます。
例えば、車がないと生活が困難な地域にお住まいの方が運転免許を返納した後、スーパーや病院が徒歩圏内にある都市部の賃貸に移るケース。他にも、子世代が親を呼び寄せるために賃貸を探すケースもあるんです。高齢者が住み替えを検討するニーズは、今後も多様化すると思われます。
高齢者に物件を貸す不安要素は、テクノロジーと仕組みづくりで解決
※R65不動産サイトより(2024年11月11日時点)
―高齢者の入居に際して、不動産会社が不安に感じる要因はどのようなものがありますか。
真っ先に懸念されるのが、孤独死のリスクです。その他、家賃の滞納や身寄りがない方の残置物の処理、認知症の進行もあります。しかし、このようなリスクは今まで高齢者の方に部屋を貸してこなかったが故の漠然とした不安であり、実態が正しく認識されていないものもあるのです。
例えば、家賃滞納について管理会社や保証会社に確認したところ、高齢者の滞納率は若年層と比べて低いことがわかりました。高齢者の入居に積極的でなかった業界全体として、まずは「リスクをきちんと把握する」ことからはじめていきました。
―リスクを把握した結果、具体的にはどのような取り組みを行っているのですか。
孤独死の対策として、スマートメーターを活用した見守りサービス「らくもり」を販売開始しました。これは2023年から電力使用量のデータを誰でも取得できるようになったことで実現したものです。電力使用量の変化をモニタリングすることで入居者の安否を確認でき、変化がない場合は家族や関連機関に連絡がいく仕組みです。
従来の見守りはカメラやセンサーなどを用いて、家族や介護事業者による見守りが中心でした。しかし、このサービスは入居者のプライバシーに配慮しつつ、30分ごとの電力使用状況から異変を察知できる。万が一室内で亡くなられても発見までの時間を最小限に抑えられるため、事故物件のリスクを大幅に下げられます。
―亡くなった後の残置物の処理はどのように対応されているのですか。
従来、入居者が残した物の問題点は、「誰が処分するか」「すべての物に相続権がある」という2点でした。たとえゴミであっても全て相続財産とみなされ、相続人のみが処分権を持ちます。身寄りのない方の場合は相続人の特定から始まり、相続人が複数いる場合は一人ひとりに許可を得なければならず、なかなか進みませんでした。
しかし2021年、国土交通省のガイドラインにより、生前に同意があれば第三者による処分が可能になったんです。これにより、賃貸借契約に残置物の処分に関する同意の項目を設け、同意を得ることでトラブルを未然に防ぐ仕組みを整えました。
―個人事業主からスタートして約9年。ここまでの道のりで大変だと感じたことは何ですか。
不動産会社やオーナーの方々が持つ「高齢者の入居を避けたい」「亡くなられたら嫌だ」という意識を変えるまでに時間を要したことですね。社会の変化と連動させた仕組みを用いて、意識をどう変えていくか手探りの状態でしたね。ガイドライン等の改正をチャンスと捉え、少しずつ前進できたと思います。
これまで、日々来客されるお客さまに対して不動産仲介を誠実に行い、さまざまな事例を溜めてきました。その結果、不動産会社やオーナーの方々に対し、ケースに応じた対話ができるようになった。少しずつ「高齢者にも物件を貸せそう」という意識付けにつながったと感じます。
―現在、47府県中43県で約2,500件の物件を掲載されていますね。
ありがたいことに、R65不動産には各地から高齢者入居に関する相談が数多く寄せられるようになりました。しかし、私たちが直接仲介できるのは東京23区が中心。そのため、R65不動産の取り組みに共感していただいた全国40社のパートナー企業との連携により、この数字は実現しました。これからも地道な発信に加えて、各地の企業との協働を通じて、より多くの高齢者の住まいの選択肢を広げたいと考えています。
「自社だけでなく、さまざまな企業と共同で取り組んだことで問題を解決できた」と語る山本さん
今後は「認知症に対応」と「認知度アップ」に注力
―これまでにさまざまな問題を解決されてきましたが、現在はどのような課題に直面しているのですか。
入居者が認知症を発症した場合の対処方法が課題です。現在、医療・介護体制やコミュニティの状況に地域差があり、「この地域ではできるが、ここでは難しい」といった現状があります。今は、その成功事例を収集しはじめている段階で、答えを模索中ですね。でも、この問題が解決できれば高齢者に賃貸を貸す多くの課題が解消されると考えています。また、不動産会社に「賃貸物件は高齢者にも貸せるよ」というアプローチもさらに強化していきたいですね。
―具体的にどういう方法を考えているのですか。
最近は、メディアからのお声かけ以外にも、市町村の自治体や不動産業界の団体から講演依頼をいただくことが増えています。この背景には、全国の自治体や不動産業界が高齢者の住まいの確保に苦労している実態があります。例えば、全国の公営住宅は入居倍率が約20倍と非常に高く、受け皿として十分に機能していない状況です。この倍率を下げるには、民間の賃貸住宅の可能性が求められているのではないかと考えています。
―最後に、R65不動産の今後のビジョンを教えてください。
当面の目標は、認知症対応への答えを出すことです。その上で、高齢者の方々が安心して住まいを選択できる環境づくりをさらに進めていく。当社の取り組みは当初の想定よりも変化の速度は緩やかですが、不動産会社の意識が徐々に変わってきていることを実感しています。一つひとつの成功事例を積み重ね、それを全国に広げることで高齢者の住まいを取り巻く状況を改善していきたいです。
住まいを起点に、ウェルビーイングな人生を描く時代へ
住まいは生活の基盤であり、欠かせない要素の一つ。「地方や都会に関わらず、これからは近隣の方とよい人間関係を築くことがウェルビーイングにつながるのではないでしょうか。高齢者の方が楽しそうに暮らしている共通点は、近隣に友人が多いと感じます」と、多くの不動産仲介をしてきた山本さんは言います。これからの時代は、年齢を重ねても好きな場所に住んで人生を謳歌する。それは単なる住まいの確保ではなく、新たな人間関係を育み、心豊かに暮らすための第一歩となるのかもしれません。
取材・文:みつはら まりこ